第42章 身を尽くし
大学のそばにあるその美術館は、絵を中心に数多くの作品を展示していた。
じっくりと絵を堪能していると本来の目的を忘れそうになったが、童磨くんの絵はちゃんと発見することができた。
確かにそこに飾られたままだった。
まさかあるとは思っていなかったが、どうやら彼がこの美術館に寄贈したらしい。
童磨くんは中身のない人だと思っていた。だから、彼の描く絵にも感情がなかった。そこに絵があるだけ。そこに色を置いただけ。紙の上にごちゃごちゃしたものを乗せただけ。
不気味で怖かった。嫌いだった。
でも。
この、絵は。
紫の、蝶々が、乱れている絵は。
彼の感情がひしひしと伝わってくる。
知ってる。わかる。胸が焦がれるようなこの想い。
“恋”
初恋の人
アリスちゃんが言っていた通りだ。
「俺の絵がそんなに好きかい?」
ふと、呑気な声が聞こえた。……気配で薄々気づいていた。
本来なら逃げるべきなんだろうけど、今だけは話がしたいと思った。
「この絵は私じゃない」
「そうだね」
隣に立って同じ絵を見る童磨くんはにこりと笑って私に視線を向けた。……なんの感情も感じない。
この絵に込められた想いのようなものは、何も感じ取ることができなかった。
「そして、この絵ほどの感情を私に持ち合わせてもいない。」
「………」
微笑みを隠さず、童磨くんは扇で上品に口元を隠した。胡散臭い動作に憎悪がわいてくる。
「目的は私じゃないってこと?」
「どうして俺がその質問に答えるって思ったの?」
童磨くんはクスクスと笑った。
…しまった。……浅はかなことをしてしまった…。
「ふふっ。本当にちゃんは面白いね。」
「……」
…まあ、答えはしないか。
「じゃあ」
こうなったら真っ向から立ち向かってやる。
「私を餌に誰かを釣ろうとしてる、とか?」
私たちを囲む空気がピリッと緊張感を含んだ。童磨くんの表情が扇の向こうで凍りつく。
さあ、反撃開始だ。