第42章 身を尽くし
懐かしい夢を見た気がする。
懐かしくて、儚くて、愛おしくて、あたたかい夢だった。もうその夢が戻ってこないことはわかっていたので、なんだか悲しくなった。
目を覚ますと部屋の中は真っ暗だった。
隣から寝息が聞こえてきてビクッとなる。
(……ああ、実弥か…)
だんだんと意識が覚醒してきた。
もうそろそろ彼が起きる時間かなあ、とぼんやりと思いながらその寝顔を見つめた。
(変わらないもの…)
空の青さなんて何も不思議に思わない。今の時代では解明されたことだ。それを当たり前だと思って疑わない。
そうだなあ。変わらないもの。実弥は全然変わらないよね。歳はとってるけど、中身はそのまんま。
でも、きっと変わってないなんてない。大きくなれば価値観は変わるし、体にガタはくるし、食べるものだって変わる。
それでも変わってないなあ、と思う。
変わらないものが羨ましい。私はどうだ。私は変わらなかったか?どうだろう。
昔の夢を見るのももう飽きた。……そろそろおわらせよう。
「実弥」
名前を呼んだが反応はなかった。起きた気配もない。
「来てくれてありがとう…」
まだ深い眠りの中にいる彼は、その言葉を聞いていないだろう。
そろそろ彼を起こさないと仕事に間に合わない。けれど、まだこうしていたい。
実弥を起こして朝ごはんを一緒に食べる。一階に降りるとそこにはもうアリスちゃんが待ち構えていた。
「泊めてもらってありがとうございました」
「いいからさっさと行きなさいよ。遅刻ギリギリじゃない。」
アリスちゃんはそう言いつつも包みを実弥に差し出した。
「お代はいらない」
「…加賀美さん」
どうやらお昼用のお弁当を渡してくれたらしい。ほっこりとしてその様子を見守っていたが。
「かわりに葬式代ははずんでやるよ」
「ありがとうございます」
アリスちゃんは親指を下げ、実弥は中指を立てた。
…この二人、どこで仲を違えてしまったんだろうか。
「じゃ、またなァ」
実弥はそう言って店を出て行った。私は小さく手を振った。