第41章 可哀想な人
何もダメージはなかった。
「……ったく」
実弥がいつの間にか部屋に入ってきていて、私を支えてくれていた。
「いつもいつも言ってるけど落ち着け」
「…しゅみましぇん」
はあ、何事もなくてよかった…と思ったと同時に
「ぎゃああああああああああ汚部屋見られたああああああああ!!」
「うるせェなマジで」
「で、出てって!今すぐ!」
実弥はまじまじと私の部屋を眺めた。
「ちっちがうの!片付けられないとかじゃなくて!!やろうと思っていたわけであって!!!明日やろうとしていたのであって!!!」
「すごいな」
「いやああああーーーーー!!」
ああ。人生終わった。
今にも膝から崩れ落ちそうなほどワナワナと震えていると、実弥がじいっとそれに見入った。
「あ?部屋じゃねえよ。絵だよ、絵。」
「…絵?あ、ああこれ?」
「描いてんのか?」
「…うん。全然完成しないけど……」
部屋にはブルーシートが敷かれていた。さっき私をこかしたのはこいつだ。
ブルーシートの上には大きなイーゼル。そして、狭い部屋に不釣り合いな巨大なキャンバス。
私は今仕事のデジタルと一緒にアナログで絵を描いている。
床には絵の具と筆が並べられていて、ごちゃごちゃしている。椅子には絵の具まみれのエプロンがかけてあった。どう見ても汚い部屋。それに加えて、絵の具の匂いもするので…。
普段は換気に気を使っているけれど、一階の店にいるときは防犯上窓を閉めているから空気が悪い。
「…これ、何を描いてるんだ?」
実弥が絵に近づいて首をかしげた。
ぼやっとした煙のようなものがキャンパスいっぱいに広がっていて、確かに何を描いているかはわからないだろう。
「タイトルは、『私の好きなもの』!」
「…は?」
「ここら辺が美味しいご飯で、ここら辺が友達で、ここら辺がおばあちゃんとおじいちゃんで〜…」
絵の細部を指さして細やかに説明したが、実弥はピンときていないようだった。
「……芸術ってすげェ。」
諦めたようにそう呟いたので、思わず吹き出してしまった。