第40章 好き、嫌い
私ならきっとできない。
…アリスちゃんはやっぱりすごい子だ。たまに彼女をずっと年上みたいに思うことがあったけど、やっとその理由がわかった。
「……私…夫の帰りを待つことができなかったの」
「……え?」
「………夫が、仕事に出た夜…鬼に殺されてしまった」
それを聞いて頭が真っ白になり、何も反応ができなかった。
「私のお腹には子供がいたの」
「!」
「…朝になったら夫に言おうと思った。」
アリスちゃんはそっと目を伏せた。
「朝は来なかった」
「………」
「私、どうしても夫に謝りたかったの。最後まで添い遂げられなかったこと、ずっと後悔してる。」
「…」
そこで、私の口からはあめが消えた。
アリスちゃんはそれに気付いたのかフッと笑った。私の口の中にはオレンジの風味がいっぱいに広がっていた。
「ごめん…その……言葉が出ない」
「いいのよ」
「…アリスちゃん、いっつも私にいろんなこと言ってくれるのに」
「……いいのよ。聞いてほしかっただけだもの。」
アリスちゃんは私に微笑む。
「ねぇ、もう一つ言ってもいい?」
「うん…何?」
「…ありがと。あのね、私の…私の夫ね。」
彼女は少し間を空けた。
「……氷雨春風なの。」