第40章 好き、嫌い
「夫は鬼殺隊であることを私に言わなかったわ。」
アリスちゃんは頬杖をつき、愚痴るように話を続けた。
「帰ってこない日もあったしさぁ、やたらと藤の香りをぷんぷんさせてたから愛人がいるんだと思ったこともあったの。」
「…あぁ…藤の……鬼の弱点だ、それ。」
「そうみたいね。夫は何を聞いても言葉たくみに私を丸め込むの。私がどんなに泣いても怒っても、ずっと困ったみたいに笑って、『愛してる』って言ってさぁ…本当にズルい。」
鮮やかにそのときのことを覚えているんだろう。アリスちゃんは具体的に話してくれた。
「でもお館様…産屋敷って人がこっそり私に烏を寄越してね、あなたの主人は鬼殺隊ですって教えてくれたのよ。」
「え……」
…お館様がそんなことを?何で?……旦那さんは必死に隠していたのに。
「私は、それで救われたわ。」
しかし一番私をおどろかせたのは、アリスちゃんのこの言葉だった。
「夫を疑った自分を恥じた。……あの人は立派な人だったの。本当は疑いたくなかった。だって私も愛していたもの。」
「……」
「だから、救われたわ。…夫は私が真実を知ったことに気づいていたんだと思うけど、自分から鬼殺隊だと打ち明けることはしなかった。」
……そうか。
お館様は、隊士の家族にまで心を寄せておられたんだ。
「…いい人ね、産屋敷ってのは。」
「うん…とってもいい人。」
「でも救われたと同時に不安でつぶされそうになったの。だって鬼殺隊って危ないお仕事でしょう?…夫の身が心配だった。」
それを聞いて心が締め付けられた。
夫への不信感から救われたけれど、身を粉にしてたたかう夫の帰りを一人で待つのはどんな気持ちだったのだろうか。
「どうか無事に帰ってきてって毎晩祈っていたわ。あの人を送り出すのが嫌で、行かないでって言いたかった。それでも私は必死に耐えた。」
「…アリスちゃん」
「………夫は…あの人は、一度も怪我をして帰ってきたことはなかった。…いつも元気な姿で帰ってきてくれた。多分、私に心配をかけまいとしていたんだわ。」
アリスちゃんの感情に胸が苦しくなる。どれだけ不安で心細かっただろうか。そんななか、夫を送り出すだなんて…。