第40章 好き、嫌い
カチリ、と何かがハマるような音がして意識が覚醒した。
体中に血が巡る。
もう殺そう。
こいつ殺そう。
どろどろとした衝動が走った。父親を殺した時と同じ。鬼に対して怒り狂ったあの時とおなじ。
どうしたら死ぬかな。ああ殴ればいいか。たくさん殴れば死ぬかな。
「は」
童磨くんが驚いて目を見開く。
私は首を絞めていた彼の手を気付けば振り払っていた。無理に引き離したからか首がズキズキと痛んだ。
そのまま拳を握りしめて彼に一歩近づいた。
「さんッッ!!!」
その時、背後から騒がしい声がした。複数人の声だ。
振り返るまでもない。春風さんだ。そして気配でわかる。実弥とカナエ、先輩。それに病院の人も何人かいるらしい。
なぜ、どうしてとか思う前に一気に頭が冷えていった。
『様』
笑顔が浮かぶ。頭に思い浮かぶ。あの時代に私を見捨てないでいてくれた人。絶対に、私を否定しなかった。いつも見守ってくれた。
安城殿。いつも綺麗だった。なんでも教えてくれた。私の一番の味方だった。大好きだった。
桜くんは、ずっと仲良しでいてくれた。いつも私についてきてくれた。ご飯を一緒に食べると美味しかった。楽しかった。
優鈴は本当に気が合って、なんでも話せた。ずっと支えてくれた。何をしても彼となら楽しかった。
「げほっ」
我に返る頃に私は咳き込んでいた。久しぶりに空気を迎え入れた肺がびっくりしたのかもしれない。
私はその場に倒れ込んでゲホゲホと荒い咳を繰り返した。
「!」
実弥が真っ先に飛んできてくれた。うまく息が吸えなくてゼエゼエと喉から変な音を出す私を抱き起こしてくれた。
「テメエ…!いったい誰だ!!何でこんなことを!!」
「……」
童磨くんはゴミでも見るような目で実弥を見下ろしていた。
「あーあ。あとちょっとだったのに。」
周囲がざわざわと騒がしくなる。けれど、私にはほとんど聴こえていなかった。目の前がチカチカとする。
ああ、もう。目の前にいるのに体がいうことをきかない。
「まあいいや。さようなら、ちゃん。」
うっとりしたようにそう言い残し、彼の気配は遠ざかっていった。