第39章 誰かが見ている
とさ、と何か柔らかいものが床に落ちる音がして振り向いた。
一番後ろにいたアリスちゃんが花束を落とした。
「大丈夫ですか?」
悲鳴嶼先輩が花束を拾って声をかけたが、彼女はどこか上の空だった。
「…アリスちゃん」
心配になって名前を呼んだ。が、彼女はじっと虚空を見つめていた。悲鳴嶼先輩が肩を叩いたところで我に返ったのか、彼女は花束を受け取った。
「……あの」
アリスちゃんは控えめにチラリと春風さんを見た。
「お…覚えていらっしゃる……?」
勇気を振り絞ったかのようなか細い声に全員が首を傾げる。春風さんはそれを聞いてじいっと彼女を見つめた。
「すみませんが…」
と言って、愛想笑いのようにとってつけた笑顔を見せた。しかしふとその顔から笑顔が消えた。
目が何かを訴えていた。ずっとその目がアリスちゃんをとらえていた。夢でも見ているように、彼は黙り込んだ。
アリスちゃんは視線を落とした。そしてそのまま、弾かれたように病室から走って出て行ってしまった。
扉が閉まってまもなく、走る彼女を注意する病院関係者の声がした。廊
「アリスちゃんッ!!!」
私は扉を開けて廊下に叫んだ。しかし、ただアリスちゃんの足音が響いていただけで彼女の姿は見えなかった。
すぐに追いかけようとしたが、実弥が私の手を掴んで止めた。
「離してッ」
「ダメだ、行くな!」
「なんで!アリスちゃんが…!」
「春風さん!」
実弥は私が見ている方向と真反対を向いていた。
春風さんが頭を抱えて唸っていた。心配そうにカナエと悲鳴嶼先輩がその周りを囲んでいた。
「不死川くん!ナースコールが作動しないの、誰か呼んで来てくれない!?」
「わかった」
春風さんは頭が痛むのかずっと頭をおさえていた。けれど、足も痛いみたいでのたうちまわっていた。
前世で、足をなくしても、微笑みながら、車椅子に乗っていた人が。
「あああああああああああああぁぁ……」
今は目の前で病室中に響く唸り声をあげて苦しんでいた。
私はその光景に目を見開いた。悲鳴嶼先輩が必死になって抑え込む様子を見ても、加勢もせずにただ見ていた。