第38章 誰も知らないはずなのに
入籍しても実感がないまま私はアリスちゃんのもとへ戻った。彼女はボディブローで実弥を出迎えた。
「ようクソ野郎」
「アリスちゃん…そろそろ許してあげて…」
毎回毎回一番痛いところを狙っているみたいで、実弥は呻き声をあげて痛がっていた。
「まあやるべきことやって来たみたいだし、私も文句ないわ。」
アリスちゃんはそう言いながらも実弥を見る目は冷たかった。
「私はお前が大嫌いだけど」
「アリスちゃーん…怖いです」
実弥は痛がるお腹を押さえつつ、アリスちゃんにペコリと頭を下げた。
「…すみません、のことしばらく頼みます。」
「おう、お前永遠にこっち来なくていいぞ!!」
そして二発目のボディブローが飛ぶが、流石に実弥は止めた。二人で取っ組み合いになったが、実弥はガードするだけで全く手を出さなかった。
呆れながらもその様子を見つつ、私はおさまるまで待った。
「……じゃあ、次の週末にまた来るので…」
実弥はそう言って肩で息をするアリスちゃんに頭を下げた。
「わかったから早く帰りなさいよ」
アリスちゃんは小バエでも払うように言った。そして、私は店を出て行こうとする彼にこう投げかけた。
「申し訳ないんだけど、春風さんのこと…何かあったらこまめに教えてね。」
「…ああ、わかってる。」
実弥は頼もしく頷いてくれた。そして別れの挨拶を済ませてお店から去っていった。
「…ハルカゼさん」
アリスちゃんがポカンとしてその名前を呟いた。
「あ、私のいとこなの。…事故で怪我をして、今入院してるのよ。」
「…そう。」
いつも元気なアリスちゃんが冷水でもかぶったみたいに大人しくなった。不思議に思ったが、すぐに元に戻ったので特に気にしなかった。