第36章 許せない
「……アイツは、最後に俺に幸せになってほしいって言った。」
実弥は遠い目をしていた。本当はこんなことを話したくはないのだろう。顔がひどく沈んでいた。
「俺はなァ、自分のことより玄弥が大切だった。」
「……」
そして、ついに私に目を向けた。
「…ずっと、お前のことを否定できなかった。」
「……」
「俺だって同じことをする。自分を大切にしろって言われようがなんだろうが、誰かのために自分を投げ打ってまで俺は何かをしようとする。
けど、そんなお前を見てると苦しかった。だから自分を大切にして欲しかった。でも俺がお前を否定することなんてできない。」
25年という長い年月の中で、実弥がそんな葛藤を持っていたことには気づかなかった。
ずっとそばにいた。お互いのことはお互いがよくわかっていると思っていた。
でも違う。
私たちの間には、隠し事ばかり。
私たちは。
私たちは、だからこそ今こうしてぶつかっている。
「ごめん」
実弥は、何度目かわからない謝罪をした。
「俺は、誰に何を言われても、が好きだ。どんなお前でも大好きだ。他の人が全員お前を嫌っても、大好きだ。」
何度目かわからない言葉をまた繰り返した。
「ごめん。軽率なことをした。馬鹿なのは俺だったんだ。…アイツとはちゃんと話し合った。もうなんともない。そこは信じてくれ。本当に。」
そして早口にそうまくし立てた。
「俺はたくさんお前を傷つけた。守れなかった。けど、一緒にいたいんだ。」
実弥は迷わずに言った。
「こんな俺を許してほしい。許せなくてもこれから償うから、そばにいてほしい。幸せも不幸も、全部俺と一緒に経験してほしい。」
「……」
「俺は俺のせいでお前が幸せじゃなくなってもそばにいてほしい。その時はそばにいるって約束する。俺ももう逃げたりしない。大切なもんは大切にするって…決めたんだ。」
私は、その言葉にただ耳を傾けていた。
「お前の全部が好きで、愛おしくて、大事なんだ。だから、また俺と一緒にいてほしい。」
その言葉に嘘はない。
実弥は、大切なことは目を見て言ってくれる人。それで、何かしたら謝ってくれる人。たまにぶっきらぼうに私への感情を口にしてくれる人。
そこは疑っていない。何一つとして疑っていない。