第36章 許せない
間に合いはしたけれど、鏡にうつった手を洗う私の顔色は最悪だった。……吐いたばかりなのにもう気持ち悪い。
…やっぱ、飲食店はやめればよかったな。
個室に戻ると、実弥はもぐもぐと食事に口をつけていた。
「おかえり」
「……うす」
「食う?」
「いらなー…い」
私はなんとか席に座った。
「…やっぱ具合悪いんじゃねえか」
「…そういんじゃないんで」
私ははあ、とため息をついた。それと同時に実弥の緊張度が増したのがわかった。
「もう謝ってもらわなくていいよ、本当に。…わかったもの。あなたの気持ち。」
「………でも俺は」
「そうだね。私は許してないね。ごめんねめんどくさくて。」
………。
やばい。だめだ。こんなこと言いたいはずじゃなかったのに。これじゃあこの前一方的に怒鳴った時と変わらないじゃん。
「俺とアイツは何もない。…その、実はアイツもう結婚してるんだよ。だから、本当に何もないんだ。」
「だから何?片方が結婚していて片方にお相手がいたら、それでいいの。」
どんどん言い方がキツくなる。
…ああ、これが自分の本音なのかと思った。
「実弥のことは好き。だけど、今はすごく嫌い。」
「……ごめん」
「あなただけはって、心のどこかで思ってた」
私はぎゅっとテーブルの下で自分の手を強く握りしめた。
「だから憎くてたまらないの、たった一回、しかもほんの一瞬だけだったけど、あんなところ見て許せなくなっちゃったの、私だって、あなたにたくさん不安な思いはさせたと思う。こんなこと言える立場じゃないと思う。
でも許せない。」
その事実だけは確かだった。
「だって、実弥あの人のこと好きなんだもん」
「……それは」
「…私、それがわかっちゃうんだもん」
昔から私にあるこの嫌な力。
そのせいで、一番大好きな人の一番知りたくないものを感じ取ってしまった。