第36章 許せない
お店に入るとあちこちからご飯の匂いがした。
…個室だから大丈夫かと思ったけど、ちょっときついかも。最近はご飯の匂いを嗅ぐだけで吐き気がする。
「……大丈夫か?」
実弥がそう聞いてきた。
「ダイジョウブデス」
一気に食欲が消えた。お昼時だというのに私は何も注文しなかった。実弥がひどく心配していたが、テンプレートのように大丈夫だと答えた。
「……この前はごめん…水ぶっかけるのは、流石にやりすぎた…」
「あ、いや気にしてねえ」
嘘つけよ。お前いまお冷のグラスさりげなく私から遠ざけただろ。
「…優鈴が、携帯水没したって言ってたんだけど」
「ああ…ちょうど買い替えようと思ってたし、データは無事だったからいいんだよ。」
「あの、これドウゾ」
「いらねえって」
弁償用のお金を封筒に包んできたのだが、あっさりとつき返されてしまった。
「本当にすみませんでした」
「別になんでもいいから、謝んのやめろォ」
実弥がそう言うのでピタリと言葉を止めた。
「………俺、お前を傷つけたよな。謝るのはまず俺だ。本当に悪かった。」
彼が座ったまま深々と頭を下げた。
私はじっとそれを見ていた。
「…頭上げなよ。注文したやつそろそろ来るよ。」
“うん、いいよ”と言えなかった。喉元まできていたのに声にはならない。
実弥はすっと頭を上げた。気配で感じていた通り、ウエイトレスがすぐにやってきて料理を目の前に並べた。二人いるのに一品しか注文がなかったからか取り分け用の食器も一緒に並べられた。
アリスちゃんがおすすめと言っていたビーフシチューを頼んだらしい。
出来立ての料理の匂いが強くて今にも吐きそうになったが、ぐっと堪えた。
「私もあなたと同じ。謝罪はいらない。」
ピシャリとそう言ってからゆっくりと席を立った。
「……トイレ」
穏やかにそう言ったが、個室を出るや否や駆け足になってトイレにダッシュした。妊婦が走るな、と言われてしまいそうだが今だけは許して欲しい。
飲食店でリバースとかそれだけはいや!!!!!