第36章 許せない
『いやちげーし。付き合ってねーし。誘われたから一緒に出掛けてるだけだし。』
優鈴は何も聞いていないのに勝手に弁明を始めた。
「木谷〜そんなはっきり言ったらかわいそうじゃないの。」
『お前らみたいな奴がいるから僕はああああああああああああ!!!!!』
「うるせー。とっとと幸せになってろクソ木谷。」
アリスちゃんはそこで電話を切った。今頃優鈴は必死になってハルナちゃんをフォローしているんだろうな。
「あっはっは!アイツ最高じゃない!何?他人には上から目線のくせして自分は奥手って草生える!!」
「ね!優鈴って可愛いでしょ!?面白いでしょ?!」
二人でニヤニヤ笑い合って、好き勝手にそう言った。…ちょっとからかいすぎたかな。
「あー、笑った笑った」
アリスちゃんはそう言ってため息をついた。
「じゃあ、今日も頑張りましょうか。」
ここでの暮らしは居心地がいい。
大好きな絵を描いて、お金をもらって、暇になったら海に行く。
ああ。私、こういう生活に憧れていたのかなあと窓の外を眺めた。
無意識に、私は自分の隣に視線を投げていた。
気づいている。わかっている。アリスちゃんが言ってた。自分の気持ちに嘘はつきたくないって。私もそう。
私は実弥を探してしまう。
今、こうして都合のいい妄想をして、彼の亡霊を見ている。
「……」
許したい。
でも許せない。
大好きだよ。愛してる。私には実弥しかいない。もう精神的にすっかり依存してしまっていた。だから、怖かった。
いつか彼がいなくなるのが怖かった。その現状が今。今ならまだ、いなくなっても耐えられると思っていた。
「言ってることとやってること違うじゃん」
私はそばにあったスケッチブックを部屋の隅に思い切り投げた。スケッチブックは大した音も立てず、壁に当たって呆気なく畳の上に落ちた。
私はそんなに広くない部屋の隅で膝を抱えてうずくまった。
「ちゃん?お店にいたら変な音したんだけど大丈夫?」
部屋の外からアリスちゃんの声がした。どうやらさっきの音が一階には響いていたらしい。
うん。大丈夫。
大丈夫だよ。
きっと…。