第35章 頭痛の種
あなたが一番大切。
私はそんなことを言われてみたかった。
両親でさえ言ってくれなかった。言葉をくれた人はいた。でも、みんな実のところ一番大切な人は私じゃなくて、私以外の人。
「俺は」
実弥はじっと私の目を見つめた。
「お前が大切だし、愛してる」
その言葉に思わずカッとなった。こいつ、私の話聞いてた!?
「うるさい!!」
バシャッと音がした。
なんかもう、自分の言動がコントロールできなかった。
私は実弥にペットボトルの中の水をぶっかけていた。
ぽたぽたと実弥から水がしたたり落ちるのを見て、急激に頭が冷えていった。
「ぁ……」
ペットボトルの中は空っぽだった。…水、全部かけちゃった。
「………」
実弥は目をゴシゴシと擦る。そのまま水のせいでぺちゃんこになった前髪を一気に後ろに撫で付けた。
やばい。どう考えてもやりすぎだ。しかも勝手に言いたいこと言っちゃって。どうしよう。絶対怒った。
「…」
「ご…ごめ……」
「……」
実弥はじっと私の目を見つけた。
そんな彼からは怒りの感情など感じなかった。
「傷つけてごめん」
「…え?」
「お前の…辛さに、ずっと気づけなかった…今更何言ってもダメ、だよな。」
……は?
何言ってんの、こいつ。
「俺は一生かけて償うよ。」
「……」
「だから、一生お前のそばにいる。」
………。
「…馬鹿じゃないの」
私は一気に力が抜けて、ヘロヘロとその場にへたり込んだ。
「………大したことも話さないまま別れ切り出されて、突然変なこと言われて、水ぶっかけられて、怒んないの?」
「…怒るっていうか…」
実弥はへたり込んだ私の近くまで来てくれた。自分はびしょ濡れなのに、そんなのお構いなしに。
「……そもそもは俺が悪いし、何より行き先も言わないままどこかに行くお前が心配だった。」
「…。」
「怒るなら、自分にだ。お前にこんなこと言わせちまった。」
実弥は自嘲気味に笑った。
その笑顔を見たら視界がぼやけた。
「バカ、私、実弥のこと大好きって思っちゃうじゃん。」
「……俺も、お前が大好きだ。」
「…っ!せっかく、せっかく離れられたのに。」
とんでもなく私たちは不器用だ。
歯車は狂う。噛み合わない。