第35章 頭痛の種
実弥が私の手を掴んだ。
もう秋真っ只中だというのに、その手はひどく汗ばんでいた。
「ごめん」
実弥はまたそう言った。
それ以上の言葉が見つからないのか、また黙ってしまった。けれど私の手を掴む力は強いままだった。
不器用で、素直で、どこまでも正直な人。
嫌なことがあって泣きたいくらい辛いのに、それをしないで怒ったふりをする。どんなに波風が立とうが周りの人には絶対ないがしろにしないで優しく接する。
それでいて、私を一番好きでいてくれる。
わかってる。
わかってる。
「ごめん」
実弥は同じ言葉を繰り返した。
「ごめんごめんってそれ以外の言葉はないわけ?」
そして、私の口からは最低な言葉が出てきた。
「さっさとあの人のところ行ったら?私なんかにかまってたらチャンス逃すよ。」
実弥の手を振り払おう……としたが、力が強くてできなかった。
「ごめ「うるさい!!!!!!」」
私はついに叫んだ。
「みんなはいいよ!!謝ったら済むんだから!!!!!」
惨めだ。
こんなことしたって惨めなだけだ。
「最初はいい顔で“あなたのことは大切です”みたいなこと言って、結局違うじゃん!!私のことなんて大切でも何でもないじゃん!途中で見捨てて、勝手にいなくなって、思い出だけ残してさあ!!!
ごめんねごめんねって謝って……自分が正しいとか思って説教ばっか!!だったらこっちの身にもなってみろよ!!私の代わりに殴られてみろよ!!罵倒されてみろよ!!!」
実弥が驚いて目を見開いている。その隙に手を振り払った。
「…何が…何が、大切だよ……私がボロボロになってる間に、みんな笑ってるじゃん…!!辛くて辛くてどうしようない時にはそばにいてくれないじゃん!!
そんなんで私のこと大切とか、もっと自分を大切にしろとかよく言えるよね!!ごめんって言ったらそれで終わりかよ!!!」
両親もそうだった。鬼殺隊のみんなも、私が信じていた人たちはみんな。勝手なことを言って、いなくなった。
仕方のないこと。
そう。
私はこのこともわかっている。でも許せない。許したいけど、許せない。