第35章 頭痛の種
ほんの一瞬だった。
彼と、あの人を見たのは一瞬だけだった。
あの人とは、彼の前世での奥さん。彼女と実弥の間には子供までいた。
「愛おしいだろうね。」
そう。そうだ。
絶対好きになっちゃうじゃん、そんな人いたら。
それに比べて私は何?
「ごめん」
「謝らないでよ」
「違う」
「うるさい」
怒っちゃダメ。冷静にならなきゃ。
私はこんなこと言いたいんじゃない。
「確かに、あいつにそういう感情は持ってた」
「だよね。だから楽しそうにデートなんてしてたんだよね。私にはイライラぶつけてきてたくせに。」
「一番好きなのは「うるさいって」」
耐えられずに私は頭を抱えた。
「…わかってるんだよ」
一番言いたくなかったことが、どんどん口から出てくる。
「実弥は例え他に好きな人がいても、私のこと一番好きでいてくれるって。そばにいてくれるって、それくらい私だってわかってる。イライラしてたのだって、外で嫌なことがあったんだって。
実弥は怒ってたんじゃない。悲しんでた。実弥が私に嫌なことする時って、決まってそう。全部わかってたよ。」
わかってる。
そうだ。わかってるよ。
「みんなが幸せなら、それでいい。それが私の幸せだから。石を投げられたって殴られたって構わない。」
水の入ったペットボトルをぎゅっと握りしめる。ぎちぎちと嫌な音がしていた。
「私のせいで誰かが不幸になるのは何よりも恐ろしい。」
言葉とは裏腹に、ペットボトルを握る力はどんどん増していく。
「だからって不幸になりたいとか私一度も言ってないんだけど」
バキッと大きい音がした。ペットボトルが歪にゆがんでいる。
……。
あーあ。
言っちゃった。
「私、実弥のことぜーんぶわかってた。」
言わないまま、別れたのに。あの時、私頑張ったのに。
「でも許せなかった。それだけよ。心狭くてごめんね。もうこれで終わりでいい?」
そう言ってさっさと立ち上がった。
自分が嫌になる。
建前ではあんなこと言っといて結局は自分のことばっか。こういうところは似てない…いや、似たくないって思っていたけど、両親にそっくりだ。