第35章 頭痛の種
「その絵を見て、俺もお前が描いたやつだってわかった。」
………。
意識がはるか彼方に行ってる。もうだめだ。例え、今目の前で熊とウサギが仲良く陽気にサンバを踊っていたとしても私は正気に戻らないだろう。
「あー、そんでだな…その、多分あの店の子のアカウントだろ。何か…ストーカーみたいなことして悪い。」
実弥は深々と頭を下げた。私は呆然としていて何も言えなかった。彼はそのまま話を続けた。
「お前が出ていったとき、もう会わないつもりだった。でもごめん。」
「………」
「……絵を見たら会いたくなっちまった」
………。
何て言うか、この人は。
「…そう」
「あぁ」
「それだけ」
「そうだよ」
実弥は頭を上げた。
「あと、……ずっと、前世のこと黙ってて悪かった」
「いいって。私だって悲鳴嶼先輩とか、優鈴とか、色んな人と仲良くしてたよ。」
「……俺、その度にお前を怒ってたなァ。」
「そうだったね。」
もはや何年も前の話みたいに思える。でも、私たちは確かにほんの少し前までそうやって暮らしていた。
「でも本当はわかってたんだ。」
そうして少しずつ、少しずつ歯車はずれた。
「お前は誰にも特別な感情を持ってなかった。それは…わかってた。」
「………。」
私は優鈴の感情には気づかないまま親友だと思って接してた。悲鳴嶼先輩にだって一人の先輩として接していた。他の人だってそう。
私は誰にも、実弥と同じ感情を抱かなかった。
好きなのは実弥だけ。
触って欲しい、触りたいと思うのはあなただけ。いつまでも喋っていたいと思うのはあなただけ。くっついていて幸せだなって思うのも、一緒に笑っていたいって思うのも、全部。
「でも実弥はそうじゃなかった。」
思わず声が出てしまった。ほぼ無意識と言ってもいい。実弥が黙り込んでしまった。
ああ。
そう。
そうだ。
私はそれがたまらなく悲しかったのかもしれない。