第34章 静かな暮らし
とにかく言いたいことは言い合った。今はこれでいいのだと思う。
「お前、身重か?」
「へ」
そろそろ帰ろうと歩き出した時、そう聞かれた。あまり聞かない言葉でなんのことかと思ったが、妊娠のことを言っているのだとわかった。
「なんで?」
「歩き方が前にあった時と違う。顔色も悪い。」
…さすが、元鬼の始祖。
「そうよ。羨ましい?」
「…ふん。」
からかってやると、彼はわかりやすく顔をそらした。
「お前のような強かな女の相手をする男の気が知れない。どうせ、一人でいるのが楽なタイプだろう。」
「はあ…?」
「お前はいつも自分の意思がない。誰かのことを考え、その誰かのために行動している。…側に“誰か”がいれば、ストレスだろうな。」
突然そんなことを言われて、なんと返せばいいのかわからなかった。無惨は無言の私に意味深な笑みを残し、適当に挨拶の言葉を述べて去っていった。
無惨と別れて下宿先に戻ると、アリスちゃんがドタドタと走ってきた。
「ね、ね。あの男誰よ。もしかしてクズ男???」
「ち、違うよ〜。あの人は知り合い!」
彼女はお腹の中の子供の父親をとんでもない男だと思っているらしく、たびたびこんなことを言われる。
「あのね、この子のお父さんには子供の存在を言わないままお別れしたの。知らなかったんだから何も悪いことはしてないんだよ。」
「いいえ!私のお友達を泣かせたやつは神様であろうとクズよ!!」
「アリスちゃん…。」
何度言ってもこの態度を崩すことはなかった。
「良い人だよ。…どんなことがあっても、ずっと私のことを想ってくれていた人なの。」
「……どうだか。会って話してみなきゃわからないわ!」
アリスちゃんはぷんぷんと怒っていた。
「ま、まあまあ落ち着いて……。あ、そうだ、私これから絵を描くから、もう上に行くね。」
「あ!そうそう、あの絵は完成したの?窓の外を絵の具で描いていたでしょう?」
「うん。絵の具の匂い、お店まできてない?大丈夫?」
「全然平気よ。一つお願いしたいんだけど、あの絵私が買っても良いかしら。」
意外な彼女の提案に、私は目を丸くした。