第34章 静かな暮らし
時間はアリスちゃんのお店の手伝いが終わった午後。場所は勝手に私が決めた。遠くへ行きたくなかったので、無難に近くの砂場に無惨を呼び出した。
彼は、前会った時と何も変わらない不気味な表情で現れた。
「久しいな、霧雨」
顔色がほんの少しよく見えた。
「うん、久しぶり。」
私たちは朗らかに笑い合った。
「それで、話って何?」
「大したことではない。ただの近況報告のようなものだ。まずひとつ目。私の寿命が伸びた。」
まるで自慢話のように語り出した。しかし、それは嬉しい報告だった。
「本当…!?よかったじゃない。」
「…陽明の言う通りになったことは腹立たしいが…最近は風の音やら空の色やら、あいつが言っていたくだらないことを気にかけるようにしている。少しだけ心が穏やかになる。」
無惨がそう言うのが意外だった。けれど、それは私が口を挟めるものではない。
「これからも生きられる確信はないが…ひとまず、お前や霞守に助けられたことになるな。癪だが。」
「…あなたからそんなことを言われるとはね。」
「時代が変われば立場も変わるものだ。私に絶対的な忠誠を誓う部下もいなければ監視もできない。大した力も持たないつまらない人間になったんだ、私はな。」
無惨が忌々しそうに言った。
「だが、いつ消えるかわからぬ命や太陽に恐れるよりはよかったのかもな。」
「…きっとそうだね。」
私はふふっ、と微笑んだ。
「それはそうと、お前との見合い話だが正式に断っておいた。」
「…っ本当!?私の母に言ってくれたの!?」
「ああ。…最後まで喚かれて大変だったんだからな。」
「す、すいません…」
ああ、その様子が目に浮かぶ。とても申し訳ない…。
「良い。ともかく、これで私の言いたいことは全てだ。わざわざ呼び出してすまなかったな。」
「いえいえ、日時も場所もこっちに合わせてくれて助かったよ。それに…」
そこで、真顔になって声色を変えた。
「私も話したいことがあるの。」
無惨も空気が変わったのを感じ取ったのか、改めて私と向き合った。