第31章 最後の繋がり
けれどそれも一瞬で消えてしまった。
何を言われても考えを変えるつもりはなかった。
「だってさ、何もないでしょ。私とあなたを繋ぎ止めるものって。」
最後だと思って彼の背中に手を回した。
「私は痣のせいでいつどうなるかわからないし、結婚の話もすっかりのびちゃったし、私は子供が産めない体だし。あるのは…何だろう、思い出とか、気持ちとか、そんな感じのものかな。」
「……!!」
実弥が抱きしめる力を強めた。まるで、離さないと言うみたいに。
「いつだって離れられたよ。私はいつでも君に言えたんだよ。けど、馬鹿みたいにズルズルと引きずってしまった。だから、身が引けるなら引こうと思った。…実弥に依存するのが怖かったのかもしれない。」
長年溜め込んだその言葉は、やけにあっさりと言うことができた。
「実弥。もう終わりにしよう。」
海のそばがいい。
ここから離れて、彼から離れて暮らすなら海がのそばがいい。海の見える窓辺で時々絵を描いて、それで暮らしていこう。
誰もいないところがいい。お母さんも、実弥も、親友も友達も先輩も後輩も、誰もいないところがいい。
そこで一人で暮らして、満足いくまで生きてみよう。
『お前の幸せはどこにあったんだ?』
…。
ああ、夢の中の言葉か。覚えてるよ。これは、前世の。
さあね。でも、確かにあったよ。どこにあったのかは、さっぱりわからないけど。
幸せだったよ。幸せだよ。
だって、今胸いっぱいに空気が入ってくる。
ああ。ようやく、全部終わる。
これで秘密は全部かな。私の秘密は全部。ごめんね。私、本当は全部知ってたよ。
“不死川くん”はカナエのことが好きだった。彼女が亡くなってからは、しのぶに優しく接している場面を見かけた。
そして、彼には奥さんがいた。子供も。
ずっと知っていた。
それでも知らないふりをした。
いつか、向き合わなくてはならない問題を、私は後伸ばしにしすぎだのだ。