第29章 海は広くて大きいが
仕事に行く前なのに暴れてしまった実弥は疲れ切った顔で家を出て行った。
「…実弥ってアマモリくんと仲良かったはずなんだけどな。」
何でアマモリくんの話にあんなに怒ったんだろう。意味わかんない。カルシウム足りてないのかな。今日は焼き魚にしよう。牛乳買ってこなきゃ。
「あ」
そうだ。
朝のどたばたで忘れてたけど実弥に話すこと、整理しとこう。
「………」
何だか家でじっとしていたくない。そんな気分だった。
あれよあれよと言う間に私は小さなショルダーバッグに必要最低限のものを入れて外に出ていた。
実弥にはちゃんと連絡を入れた。
『外の空気吸ってくる。ちょっと遠くまで行くかも。』
返事はすぐにきた。
『わかった。』
駄目押しに、もう一言。
『ちゃんと帰ってこい。』
海が良い。
汽車に乗ってずっと南へ…なんて、いつの時代のことか。
あっという間に私は砂浜の上に立っていた。
「…広」
そんな感想を口にして、波打ち際まで足を運ぶ。
「……………」
そうだ。
あの日、海に来て。
アマモリくんはずうっと遠くまで行ってしまって。
無惨討伐後も私は生き延びた。珠世さんと一緒に無惨に吸収されたが、私は死ぬことはなかった。朝日にとけた無惨の体から五体満足で生還した。
しかし、私は朝日に照らされても死ぬことはなく。無惨に鬼に変えられてしまった炭治郎くんと対峙することになって。
それも全部終わった時、愈史郎さんとも別れた。彼は私を引き留めてくれたけど。もう一人になって、目的も果たされて、どうにかして死んでしまおうと思っていた。
その頃だ。アマモリくんと再会したのは。
偶然ばったりと会った。鬼が滅んだことを知った彼も死のうとしていた。
私たちは一緒に旅に出ることにした。自分なんてどうでもよかった。でも、アマモリくんが死ぬことを放っておけなかった。死なないでほしいと心の底から思った。
みんなの幸せのために鬼と闘ったのに、鬼がいないから死ぬと言われては放っておけなかったのだ。