第29章 海は広くて大きいが
朝、目を覚ますと真横にいる実弥の機嫌が悪かった。何やらぶつぶつ言って私のとなりでゴロゴロしている。
今私に背中を向けているので顔は見えないが、まるで時計の秒針みたいにチッ、チッ、と舌打ちを繰り返していた。…正直怖い。
けど放置していたらもっと不機嫌になりそうだったので勇気を出してその肩を叩いた。
「何をそんなにイライラしてるの?」
私がそう口にすると彼は待ってましたと言わんばかりに勢いよく寝返りを打った。
「寝言」
「え?」
「寝言で、アマモリくんって言ってたんだよ、お前」
眉間の皺がもう取れないんじゃないかってくらいはっきりと浮かび上がっていて、痛いほど怒っているのが伝わってきた。
「えー…そんなこと言ってたのかな?」
「ウルセェ。言ってたんだよ。聞いたんだ。」
実弥は取り付く島もなかった。
「どうせアマモリの夢でも見てたんだろ。」
「…」
拗ねたように言う彼に少し悩んだが素直に言うことにした。
「うん、そう。」
「チッ」
隠すでもなく舌打ちをされて、思わず吹き出してしまった。
「何にも面白くねえよ、クソが」
「アマモリくんの夢というか、前世の夢だよ。無惨を討った後の。」
すると、実弥は目を丸くした。
…この話すること、滅多にないからな。
「私、鬼になってたから死ねなくてさ。死に場所を探していたら刀鍛冶だったアマモリくんと再会して、何となくの流れで目的もない旅をしていたんだ。…それで、海に行ったんだよね。ちょっと怖いこともあったんだけど。」
あの頃は本当に楽しかった。鬼のいない時代に、アマモリくんと色んなところを巡ったあの日々は素敵な思い出だった。
「……お前がそんな顔をするのがムカつくんだよ」
「ええー!?なんで!?何にも変え難い素晴らしい思い出の一つを話してあげたんですよ!?!?」
「うるせえ!!」
「ええええええ!!!」
いや、そりゃ今まで黙ってたのは悪かったかもだけど!!なんで私が罵倒されなきゃいけないんだよ!!!
「ね、もっと色んな話するから!機嫌直してよ!!あっ。アマモリくんと活動写真を撮った話なんてどう!?」
「うるせえ!黙りやがれ!」
「何でええええええええええ!?!?!?」
そこからは実弥と取っ組み合いになり、私たちはボロボロになった。