第3章 夢の中
次の日の朝から食事が始まった。
年配の看護士さんが私の前にトレーを置いた。小さな器におかゆが入っていた。
「これ何かわかる?」
「……おかゆ。」
「あらぁ、だいぶ頭はっきりしてるみたいねぇ。」
おっとりのんびりした声で言われた。
「ほら、いただきます。手は動くの?」
「はい……いただきま…」
す、と言いたかったが言えなかった。
手を合わせたつもりだったが手応えがない。
すかっと無音で手と手はかすりもせずに交差した。
「……」
私が呆然として固まっていると、看護士さんが私の手を無理矢理に合わせてきた。
「いただきます。」
その人は勝手に言って、ショックを受ける私をよそにおかゆをスプーンですくった。
………手、全然動かないじゃん。
左手。左手だ。特に左手がひどい。まるで存在してないみたいな感覚にある。確かにあるはずなのに、全然動かせない。感覚もつかめない。
「口開けて。」
私は深く考えないようにして、とりあえず食事に集中した。
言われるがまま口を開けた。
口内に異物が入る。
スプーンが口の中に入ったが、それからどうしたらいいのかわからなかった。
「口閉じて。」
そう言われたのでゆっくり閉じた。
「スプーン抜くよ。いい?」
するりするりと抜かれていく。あれ、この感覚いまいちわかんない。
スプーンはガチッと歯にぶつかった。痛い。
「唇閉じたまま歯を開けるの。」
そんなの難しい。どうするんだ。
私は数秒固まったが、何とかスプーンは抜けた。
そして口の中におかゆが残った。
「噛んで飲み込む。柔らかいから飲み込むだけでいいよ。」
私は噛むと飲み込むという行為が思い出せなかった。
舌の上に何かものがあるのが不思議だった。
これを飲み込む?喉を通って、ええとそれから食道に行って、体の中に入る。だよね?
わかんない。どうしたらいいかわかんない。
何で何であんなに食べたかったご飯なのに。ああお腹空いてないからかな。何でお腹空かないのかな。
私の頭が今にもパンクしそうなとき、私の体に変化が起きた。
「オエッ」
自分の口から漏れたのはそんな音だった。