第18章 心が痛むか、体が痛むか
「天晴先輩」
意外な人物の登場に目を見開く。
芸能界で活躍する有名人だからか変装しているみたいでいつもと雰囲気が違ったが、一眼で分かった。
「こら、何してるのこんなところで」
怒っているようだった。
なんで怒っているのかわからなかった。
「ここすごく治安悪いのよ。女の子なんだからもっと危機感持って…あら?」
天晴先輩が私の顔を見て目を止めた。
「どうしたの、ぶつけた?」
「…」
「ああ、顔に怪我しちゃって…。」
叩かれて腫れた右頬をどこかにぶつけたものだと思ったらしい。…他人から見たらそう見えるのかと思うと正直ほっとした。
「今日は一人なの?飲み会かなんかかしら。ここら辺ほんとタチの悪い奴らがいるし、実弥くんに迎えにきてもらった方がいいわよ。」
天晴先輩は勝手にペラペラ話す。その間に腫れた頬にハンカチを当ててくれた。
「とにかく、冷やさないとね。どこかお店に入るかコンビニ…」
心配してくれるのがわかる。天晴先輩はそういう人だ。優しい人。
「もう、いいです」
私の口から漏れたのはありがとうでもなく、そんな言葉だった。
「霧雨ちゃん…?」
「もうどうなってもいいです」
「…」
私はにこりと笑った。
歪で、不気味な笑顔を浮かべているんだろうなと思う。
「私なんて」
天晴先輩の手を押し退けた。
そのまま背を向けて走る。
「待ちなさい!!」
でも、天晴先輩の俊足には敵わない。
すぐに止められた。力強く、痛いほどに手を握られた。
「離して」
「何があったか知らないけど、どうでもいいわけないでしょ!!」
「離して!!!」
こんなに騒いでも誰も目にも止めない。ここにいる人は他人に興味がないみたいだ。
「あなたが構わなくても、私が構うのよ!!放って置けるわけないでしょう!!」
「や…!!」
「全く、この子は」
天晴先輩は私の手を引っ張ってぐいぐい進んでいく。
そしてスマホを操作してどこかに電話をしようとするので、慌てて叫んだ。
「や、やめてください!誰にも連絡しないで!」
「そういうわけにはいかないわよ。」
「やだ!実弥にだけは絶対やめて!!!」
私が涙ながらに訴えると、天晴先輩はピタリと止まった。
困ったように眉尻を下げ、大きなため息を吐き出した。