第97章 鬼霞
私を抱きかかえた時に、ずっしりとした筋肉がわかって、ああ男の人なんだなって。
……もうとっくに私なんて追い抜かされていたのかな。今まで師範面していたのが恥ずかしいくらい。
「ねえさっきの…漆の型って何なの?私、霞の呼吸は陸の型までだと思っていたんだけど…。」
「あれは僕が作り出した型です。師範が知らなくて当然ですよ。」
無一郎くんはさらっと言った。
「作った…?型を?」
「はい。」
それを聞いてトキメキがどっかに飛んで行った。
…型って作れるものなの?
「師範に見せたいと思ってたけど、あんなタイミングで見せることになるなんて…。」
「そんな、本当にすごかったよ。私じゃ…ああいうのは考え付かなかった。」
素直な感想を口にすると、無一郎くんは目を輝かせた。
「すごかった?僕が?」
「うん…。無一郎くん、やっぱり天才だね。」
「天才、天才。」
無一郎くんはにぱあっと笑うと猫のように擦り寄ってきた。
「師範褒めて褒めて。僕すごく頑張ったんですよ。師範に認めて欲しくて、すごく大変で、辛いこともあったけど、頑張って、それで、それで…。」
私の膝の上に頭を乗せて、ぎゅうっと服を握りしめる。
「師範がいなくて、悲しかったけど、師範を忘れてしまって、でも思い出すことができて、思い出したら、師範がいなくて、またあなたを失った気がして、周りの人たちは師範の話題を避けて、元々いなかったみたいに扱うし…」
だんだん声に力がなくなっていって、尻すぼみになった。
「ごめんね、無一郎くん。」
「絶対に許しません。前世のことは絶対に。」
「……。」
謝罪の代わりに頭をそっと撫でれば、無一郎くんは目を閉じた。
稽古のことも忘れて私たちはしばらくそうしていた。