第97章 鬼霞
「いくら鬼とはいえ、この姿を見れば誰も殺そうとか言わなくなるでしょ。」
私の心内など知らない優鈴がにこやかに言った。
「お前も斬った方がいいとか言っといて、本当は生きててほしかったんでしょ。良かったねぇ。」
「…うん。」
「なんとか儀式が始まる前に落ち着いてくれたし、今日の稽古が終わった後にみんなにお披露目しようと思うんだ。」
嬉しそうに話す優鈴に、私は本当のことが言えなかった。
確かに生きていてほしいと思った。
あのまま寂しく死んでしまうなんて悲しいから。
でも。
“彼女”が霧雨として認められたら、私はどうなるんだろう。私は一体何者になるんだろう。
嬉しいけど、怖い。
「じゃあ、今日の稽古も見学してもらってまた後で来てもらうね。」
「はい、わかりました。」
優鈴は嬉しそうだ。
前世の私が戻って来て嬉しいのだろう。私ももちろん嬉しいけど。
その人は私じゃないって、なんでか、叫びたくてたまらない。
霧雨は私なんだって。
「いっ…」
その時、右足と左腕が痛んだ。たまらずしゃがみ込むと今度は腰が痛い。
「どうしたの?」
「…ちょっと痛くて」
「ああ、腰を怪我したって言ってたもんね。歩かせてごめんよ。」
違う、そうじゃない。確かに腰は痛いけど右足と左腕の痛みが尋常じゃなかった。一瞬だったけど、身を切られたような痛みだった。
「大丈夫ですか?」
“彼女”にまで心配され、私はなんとか頷いた。
「…戻ろっか、みんなを待たせてるし。」
「ええ。」
「歩けそう?」
「大丈夫。」
ゆっくりと立ち上がった。…痛みは引いたけど、一体なんだったんだろう。“彼女”と別れて再び元の場所に戻って、先ほど痛んだ場所を確認した。
人のいない場所に移動してそっと服をまくる。
そこははっきりと霞模様の痣が浮かび上がっている箇所だった。前世で黒死牟に斬られたところでもある。
(今までこんなことなかったのに…)
まるで存在を示すかのように痛んだ。…稽古中に動けなくなると困るから、もう痛くならないといいけど。