第95章 僕の師範ー昔の話ー
「この話をお前にするかは…迷っていた。」
冨岡さんはまたお茶を飲んだ。緊迫感が皆無だ。
「二年前、霧雨さんは本部に遺書を二つ残そうとした。一つは柱へ宛てたもの。もう一つは時透に宛てた、俺のところに渡ったもの。」
「…その僕に宛てた手紙は、ガラスが師範の次に信頼する人のところに渡したってある人に聞いたんですけど。」
「そうか。」
?じゃあ、ガラスは悲鳴嶼さんじゃなくて冨岡さんを信じてたってこと??
「霧雨さんは本部に残せば確実に時透に手紙が行くと考えていた。だがガラスはそれに反抗したんだ。」
「え?どうして…」
「本部に手紙を残せば、お前の手に渡るまで本部から手紙は動かせなくなる。」
「……それだとダメなんですか?本部に残された師範の手紙はちゃんと読めましたけど。」
冨岡さんは首を横に振る。
「もしもお前が今、ひどい怪我をしていたとしたら?」
「……」
「歩けなくなったり、目が見えなくなったり、寝込むようになったりしたとして、本部まで行けなくなったら。」
なんとなく言いたいことが見えてきて、ハッとした。
「その時、もしも霧雨さんから手紙を託されたガラス自身さえも死んでいたら、手紙を渡すことができるのは限られた人物だろう。隠や他の鎹鴉は…霧雨さんをよく思っていないからその命は受けない。これは断言できる。」
「だから…ガラスは他の柱に託そうと思ったんですね。」
「柱である時透に何があった時、一番会いに行きやすいのは同じく柱である者だからな。ガラスは今の状況をよく見越していたのだろう。
お前に何かあった時、本部にある手紙を届けられる保証はどこにもない。
霧雨さんはおそらく…そこまで考えが及ばなかった。それゆえに一番確実に、手紙を渡すことではなく残すことに重きを置いたんだ。」
本部に残せば手紙は残る。
でも手紙は動かせない。
僕に何かあった時、手紙は誰が運ぶのか。
それならば、柱が持っていた方が柔軟に対応できる。柱が直接渡せなくても、鴉に任せたり、隠に頼んだりできる。その頼みを断られるなんてことはないはずだ。