第95章 僕の師範ー昔の話ー
どう考えても喧嘩の仲裁には向いていない人が来てしまった。
けれどそれで返って冷静になれて、俺は刀から手を離した。
「何の用だ、冨岡。」
「用があるのは時透です。屋敷に行ったら隠から、岩柱邸に行ったと聞いたので。」
冨岡さんはいつも通りの静かな声で淡々と説明した。
「ぼ、僕に?」
「ああ。渡すものがある。」
ゴソゴソと懐を漁り、そこから少し色褪せた封筒を取り出した。
「霧雨さんから預かったものだ。」
「……ん?」
冨岡さんが差し出す封筒には、『無一郎くん』と特徴的な文字で書かれていた。…これは、師範の字だ。
「え?」
思わず悲鳴嶼さんを見上げた。
「……初めに言っただろう、ここには何も残っていないと。」
_____あれ
一気に恥ずかしくなって、俺は下を向いた。
「…ごめんなさい」
「いや、構わない。そういうこともある。」
悲鳴嶼さんにはすごく優しい声でそう言われた。
はずかしい。埋まりたい。
俺が顔を下に向けていると、冨岡さんは封筒をがさごそと懐に戻した。
「邪魔なようなので今日は帰ります」
俺たちの会話からなぜそのような判断をしたかは不明だが、この場を立ち去ろうとする冨岡さんの腕を慌ててつかんだ。
「帰らないでください!!」
「…」
「ちょっと色々……!色々説明してください!!」
ワアッと取り乱す俺に冨岡さんが首をかしげる。突然のことにうまく言葉にできない俺を助けてくれたのは悲鳴嶼さんだった。
「落ち着きなさい。柱がそろって情けない。…部屋を貸すからそこで話せ。」
「いや、俺は帰って…」
「ありがとうございます」
俺は冨岡さんを強制的に引きずり、部屋に押し込んだ。
お茶を運んでくれた玄弥が心配そうに俺を見ていたけど、黙って頷くしかできなかった。
二人きりになった瞬間、俺は切り込んだ。
「何で師範からの遺書をあなたが持っているんですか?」
冨岡さんはのんきにお茶を一口すすってから答えた。
「あれは…二年前のこと。」
「はい?」
「霧雨さんが亡くなる少し前のことだ。あの人の鴉が急に俺のところに来た。」
……そんなところから話してくれるのか。
嬉しいけど、話が長くなりそうなので足を崩した。