第95章 僕の師範ー昔の話ー
「師範から預かっているものを俺にください。」
次の日。
人を訪ねるには失礼なほど朝早い時間に悲鳴嶼さんの屋敷に赴いた。それで開口一番にそう言った。
「彼女の話はするなと言ったはずだ。帰りなさい。」
涙を流しながら、南無阿弥陀仏と呟く。
「良いからください!!知ってるんですよ、師範の遺書がまだ残っているの!!」
それにムカついてしまって、失礼にも怒鳴ってしまった。
「…恐ろしい。あの者は冷静なお前までも乱してしまうとは……。」
悲鳴嶼さんはてんで出鱈目なことを言う。
「何も残っていない。さあ分かったら帰りなさい。」
「嘘ですよね。」
怯むわけにもいかず、俺は食い下がった。
「師範が俺に残したものを、どうしてあなたが隠すんですか。」
「これ以上、死人に構うわけにもいかないからだ。」
「あの人をまるでこの世に存在していなかったような死人にしたのはどこの誰だと思ってるんです!?」
俺はついにそう叫んだ。
「師範は生きていて、確かに鬼殺隊にいたのに、どうして誰もそれを否定するんですか!?おかしいですよね!?」
「…理解しろ、時透。」
悲鳴嶼さんは語気を強めた。
「お前のためだ。」
「…っ!」
俺はまた詰め寄ろうとしたが、その前に悲鳴嶼さんが口を開いた。
「霧雨は鬼殺隊の汚点だ。もう忘れなさい。」
「は?」
その言葉に、この上ないほど腹が立った。
「あなたが…あなたが約束を守らないから、師範がどれだけ悲しんだか…」
「……」
「あなたみたいな、約束も守らないで師範を悲しませる男に……汚点だなんて言う男に、どうして師範が…っ!!」
痛いほど拳を握りしめる。
怒りでどうにかなってしまいそうだった。
「それでも師範はあなたを愛していたでしょう!?どうしてそんなことが言えるんですか!!」
知らないとでも言うのか。
あなたが会いに来るだけで、頬を緩ませたあの師範の顔を。あなたが会いにこないだけで、泣くんじゃないかと思うくらい悲しい笑顔を浮かべる師範の顔を。
「鬼殺隊のために生きたあの人のどこが汚点だ!撤回しろ!!」
「やめろ」
俺が刀に手をかけた時、静かな声が響いた。
まるで水のような、冷たい声。
「……冨岡、さん?」
いつの間にか、僕と悲鳴嶼さんの間に立っていた。