第95章 僕の師範ー昔の話ー
最近は鬼の被害も恐ろしいほど減ったので、夜の見回りも暇だった。これも上弦を斬ったことが影響しているのか…。
「師範」
『何ですか?』
声が聞こえた気がしてハッとした。けれどその場には俺しかいない。
もしも師範が生きていたら、今の俺を見てなんと言うだろう。褒めてくれるだろうか。それとも、ダメなところばかり言われるだろうか。
そんなことを考えていたからか、その日は懐かしい夢を見た。
僕が顔を覗かせると、机に向かっていた師範は目も向けずに答えた。
『どうしました』
師範の声は冷たかった。怒っているようで__泣いているようでもあった。
『師範、今日は……お昼、食べてないから…』
『………』
師範はすっと背筋を伸ばす。
それでようやく僕を振り返るのだ。
『ねえ無一郎くん』
『は、はい』
『あなたはどうか、約束を守る男になってね。』
ため息まじりに師範は言う。意味がわからないけど、適当にはいと答えた。
師範はいつも通り笑っていたけど、お昼を食べる様子から怒っているのだと分かった。
食後に師範がいつもより乱暴な手つきで皿洗いをしているのを隣で見ていると、ガラスが慌てた様子で飛んできた。
『岩柱が来たぞ』
師範が手を止めた。
怒鳴るのかな、と思っていたけど違った。
師範はいつもより頬を紅潮させて、お皿を放り出して玄関に向かった。
『岩柱が昼時に来ると言っていたのに来ないから拗ねていたらしい。』
ガラスは小馬鹿にしたように僕に耳打ちをした。
『子供みたいなやつだろう。小僧、お前はまともな大人になれよ。健やかに育てよ。』
『…』
師範は約束を守れと言う。ガラスはまともになれと言う。2人の大人からチグハグなことを言われて、ただただ首を傾げた。
『僕は結局、どんな人になればいいの?』
ガラスはジイっと僕を見つめてから答えてくれた。
『お前がなりたい人間になればいい。もそう願っているよ。』
もしもガラスが人間ならば、笑っていたと思う。ガラスは面倒見が良くて、僕に優しかった。
師範はそれから、2時間ほど戻ってこなかった。
何をしているのかとガラスに聞いたが、最後まで教えてくれなかった。