第95章 僕の師範ー昔の話ー
隠に無理を言って、里から出る時間を伸ばしてもらった。
もうこの里はなくなる。となれば、来られるのは今日が最後だ。
今しかない。
たとえアマモリという人がいなくても、何か手がかりさえあればいい。
そう思って僕は大急ぎで記された場所に向かった。
その場所は里の外れの、森の中にあった。
人の手なんて入っていないのだろう。もうぐちゃぐちゃのめちゃくちゃだった。
でも、場違いにも家だけはちゃんとそこにあった。小さな小屋だった。人の気配はしなかった。
「師範…」
僕は祈る気持ちで口にした。
いないのはわかっている。でも、あの人がいたのは確かなのだと誰かに言ってもらいたい。
こんな、いなかったのように扱われるなんて耐えられない。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
戸を叩くが、当然のように返事がない。
小屋の戸は全て閉ざされていて、全部に鍵がかかっていた。一つ一つ確かめたけれど、無駄に終わった。
…鉄穴森さんは手がかりがあるかもしれないって言っていた。中に入るには壊すしかない、か。
「誰」
声が聞こえて、ハッとして振り返った。
そこには、着流し姿の男の人がいた。
口にはタバコを加えていて、なんだかだらしがない印象を受けた。
でも…近づいてくることに気づかなかった。おそらく、ものすごく静かに動く人なんだろう。土を踏む音がしなかった。
何者だろう。
悟られないよう、こっそりと刀に手を置いた。
「僕…僕は、霞柱の時透無一郎。」
その人は口からタバコを外して、ふうと煙を吐いた。
「ついておいで。」
彼はそう言って背を向けた。さっさと歩きだしてしまうので、放っておこうかと思った。
けれど僕はついていった。
「もしかして……アマモリさん…ですか?」
「答えない」
脈略のない返事に思わず言葉を失う。
「ここで見たこと、聞いたこと、全て墓場に持っていけへんなら帰れ。」
「…」
「俺はこの世に存在せえへん人間や。」
それを聞いてゾッとした。
その人は確かに目の前にいる。生きた人間だ。…あまりにも静かで足音はしないけど、それはわかる。生きてる。間違いない。
なのにそんなことを言う。
確かに生きていたのに、この世にいなかったように扱われる師範みたいだ。