第92章 夜露死苦
愈史郎さんが大人しくなったので、部屋に引き摺り込んで再び座った。
「よし、話し合い再開です。さんの手作りビスケットなんて聞いたら無一郎が絶対に飛んでくるので今すぐ食べましょう。」
そう言う陽明くんはじゅるりと涎を垂らしていた。あ、これただ自分が食べたいだけだな。
「珠代さんも食べましょうよ。診察は終わりました?」
そう言って部屋の奥に声をかけると、横たわる“私”のそばで何やら作業をしている彼女に声をかけた。
「ええ、いただきます。」
「診察してたんですか?」
「はい。体の状態が知りたかったので…。」
私たちが話している横で陽明くんはむしゃむしゃと食べまくっていた。愈史郎さんは珠代さんの分を取り分けてしおらしく振る舞っていた。
「間違いなく鬼です。それに、いつ目を覚ましてもおかしくないほど完璧な状態。」
「私、回復のために寝ているのではないかと思ったんですけど…。」
「おそらく回復はもう終わっています。」
珠代さんは一口お茶をすすった。
「じゃあ、すぐにでも動き出すんでしょうか。」
「そう思います。」
「困ったなぁ。」
口を挟んできたのは陽明くんだった。
「目が覚めて完璧な状態になれば、もう誰も止められませんよ。さんに勝てるのはさんしかいません。」
「でも私」
「そう、今のあなたは戦えない。それになんと言っても鬼だから、巖勝さんも厳しいかもしれないね。」
そう言って彼は一呼吸置いた。
「やれやれ、俺が思っているよりも早く事態が進んでいる。さっさと動かないといけないな。」
「…霧雨が暴れたらどうなる。」
愈史郎さんが低い声音で尋ねた。
「鬼に生殖能力はないし青い彼岸花も存在していない。鬼が増えることはないし、さんは人間を食べることはない。」
陽明くんの答えは、こう。
「それでもあなたたちが嫌ほど見てきた、鬼のせいで苦しむ人たちが出てくるだろうね。」
それは、鬼の私が誰かを傷つけることを指していた。
ああそうだ。今はおとなしいけど、誰も傷つけない保証なんてない。
_____そうなっても、私ではもう止められないんだ。