第92章 夜露死苦
二人がギャアギャア言い合ってるのをポカンとして眺めていると、陽明くんが私の肩を叩いてさりげなくパパパッ指を動かした。
何だろう、と見つめているとそれが指文字であることに気づく。ああなるほど。
私はギャアギャア言い合っている無一郎くんに手を伸ばし、ポンポンと頭を撫でた。
すると嘘みたいに無一郎くんはピタリとおとなしくなったのだ。
「良い子」
とっさだったのでうまく言えたがわからないが、無一郎にそう言うとパアッと顔を輝かせたのだった。
「えへ、えへへへへ、えへへぇ」
なんかそんなことを言ってルンルンと歌いながら去っていった。
「…ありがとう、陽明くん。今のはさっぱりわからなかったわ。」
「良いんですよ。人間の心を読むのは難しい。」
チラリと彼を見るといたずらっ子のようにクスクスと笑っていた。
「俺以外は」
「……それはそうでしょ。」
私が言うと陽明くんはふふんと鼻を鳴らした。
彼が指文字で『いいこ、つたえて』と言っているのは分かった。要するに無一郎くんは自分も褒められたかったと言うわけだ。
「アイツは正気じゃない!どうかしてる!!」
「またそんなこと言って…愈史郎さん、相手は子供ですよ。」
「お前が甘やかすからつけあがるんだ!!」
とりあえずおぼんのお茶をひっくり返される前に奪うようにして取り上げたが、彼はキーキーと叫んでいた。
「愈史郎くん、そんなに目くじらを立てない方がいいよ。ビスケット食べようよ。」
「俺はの能天気さと適当さを何十年も注意し続けてるんだ!コイツは何も改善しない、俺の苦労も知らないで!!」
「ストレスでどうにかなる前にあなたはその怒り癖を何とかした方がいい。細かいことを気にしすぎる。」
陽明くんは、はいこれ食べてと言って愈史郎さんの口にビスケットを突っ込んだ。
「モゴッもごもご」
「決して短所ではないと思うけどね。」
「……うまいなコレ」
「あ、あぁ。私が焼いたんです。ちゃんとレシピ通りに作ったらうまくいきました。…何もしてないと実弥が悲しむからやってみたんです。」
「…!?お前が作ったものがうまいなんて、そんなことがあるのか!?」
これに関しては私も何も言えないわけで、このリアクションには頷くしかなかった。