第91章 ただ一つの願いから
そんな私たちの元へ、赤ちゃんを泣き止ませて寝かしつけた実弥が大股でやってきた。
「離れろ」
「わぷっ」
私の首根っこをつかむと、巌勝との距離を無理やりにあけた。
「お前は人の家にいったい何を持ち込んでんだ!何背負い込んでんだよ!!」
「…ふむ、なんと説明したものか。」
「いいからさっさとその荷物もろとも出て行け!!!」
実弥が巌勝の腕を引っ張る。
が、その時にどうやら彼が背負っているのが人間だと気づいたらしい。
「は?お前何を…」
「ん………」
実弥が覗き込むと同時に、彼女が動いて顔を上げた。
「………………………」
目が合うと、実弥が固まった。
彼女はあまりにも苦しいのか、目に涙を浮かべていた。
実弥は、何を思ったのかその涙に手を伸ばした。
まるで何かに、取り憑かれたように。
「さ、さわるな」
しかし彼女は見知らぬ傷だらけの男を拒絶する。
伸びてきた実弥の手に何と噛み付いたのだ。
「!実弥…」
噛まれたところからぽたり、と血が流れる。
それを見て二人を引き離そうとした。
だが。
「……う…ぅ…」
彼女の目が見開かれる。その瞳はやたらと縦に長く、見るからに鬼そのものであった。
けれど彼女はそのままゆっくりと目を閉じて、大人しくなったかと思うと実弥の手から口を離した。
実弥の手にはくっきりと歯形がついて血が滲んでいた。
「……何…?」
「稀血、だな。」
巌勝がそう言う。
私は驚いて何も言えなくなった。
「……そうか」
実弥は歯形の残る手をぐっと握りしめた。
「まだ、俺の体に残ってやがったか。」
そう言う彼の表情は、何を思っているのか読み取ることができなかった。
じっと顔を覗き込んでいると、実弥は私の手を噛まれていない方の手で握った。
「俺は大丈夫だよ。」
「………」
なんでか逆に慰められてしまい、恥ずかしくなって顔をそらした。
……ほんと、実弥には頭が上がらない。