第91章 ただ一つの願いから
「私の全部が見たいし知りたいんでしょ?今から見せてあげるから、そこ退いて。」
実弥はぎゅっと赤ちゃんを抱きしめる手に力を込めた。
「…やめろ、違うだろ、」
「実弥」
私は彼の頬を、泥だけの手で包んだ。
「母親として、私がその子にできることって何?」
「……」
「分からないの。ずっと考えてるけど。」
「…」
「私は、ずっとお母さんに関わらないでって思ってたから。離れることで愛情表現ができると思ってた。その子を放っておくことがその子にとって1番良いと思っていた。」
実弥の目が、微かに揺れる。
「私がその子を産んでしまった。いつか責められるわ。よくも産みやがったなって。ねえ実弥、私は怖いのよ。」
「……」
「その子が怖いの。」
まだ言葉も話さないし、歩けもしないその子が怖い。
顔を見るまで、愛おしくしょうがなかったのに。
お母さんもそうだったのだろうか。
私の顔を見るまでは、愛してくれていたのだろうか。
「ごめんね」
私は手を伸ばした。
実弥は、そこでどうも気付いたらしい。
自分が向き合ってきたのは、向き合ってきたつもりでいたのは、全く違うもので。
上辺だけを取り繕ってきた私を見ていただけで。
本当の私という人間はどういう存在で。
何を今まで見てきたのか。感じてきたのか。
きっと実弥は知らなかったはずだ。
「……」
「ごめんね」
知らなかったことに、実弥は気づいた。
「それでも愛してる」
私は手を伸ばして、赤ちゃんを抱きしめる実弥を抱きしめた。
「どうしたらいいのか全然わかんないけど、愛してるの。」
だって教えてもらったことないの。
愛情を表す言葉なんてないみたいで、どうしたら伝えられるかとか、どうしたら伝わるのかとか、全然知らない。
「私なんかがいないところで幸せになってよ。愛してるから。」
声が掠れてうまく言葉にならない。
でも実弥は。
「それでも俺はお前と一緒にいたい。」
「…っ」
「何回お前が逃げても連れ戻すし、絶対離さない。」
「だからそれ、意味わかんない、理解できないよ。」
私が言うと、実弥がガンッと私に遠慮なく頭突きをくらわせた。