第91章 ただ一つの願いから
「ああいう場所で生きて、死にたかった。」
田舎で、何もなくて、それでものどかで、広々としてて、心地の良い場所だった。
「疲れたの、私。」
私は誰にも言ったことのない言葉を実弥に吐いた。
「…何、言って」
「私もみんなみたいになれると思ってたけど、なれなかったよ。私はそもそも、家族とかよく分からないし。」
家の中で寝ている赤ちゃんをじっと見つめる。
「……きっと私もお母さんみたいになる。」
「それは」
「実弥、私は妊娠している時にあなたに言ったよね。『この子を殴ったりしないよね』って。」
「……」
「君、なんて答えたか覚えてる?」
私がゴキッと腕を鳴らした。実弥は途端に顔色を変え、急に部屋に向かって走っていった。
「『殴ったら俺がお前を怒る』だっけ。」
私はなんて言ったかな。
そうだ。『殴らないんだ』って。その次に、実弥が。
「『俺がお前を殴るわけないだろ』」
ねえ、そうよね。確かにそう言ったよね。
あのあと笑い話になったけど。
「やめろ!!!!!」
私の父と母に好きなだけ殴られて罵られた。
そのうち、親への愛情は憎悪になり、それは明確な殺意となって現れた。
実際に父を殺したのは私ではなく兄の那由多だ。
それでも私は夢を見た。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、
父を殴って殺す夢を。
______ねえ実弥
私は、私が言って欲しかったのは
「そこ退いて、実弥」
気づけば、私は家の中で赤ちゃんを抱きしめて離さない実弥を見下ろしていた。