第88章 明けない夜はない
私がいた場所はえぐれていた。まるで大きなショベルカーであたり一面をすくったみたい。そこの中心に彼女が立っていた。
私はというと、首根っこを掴まれて宙に浮いていた。
「ぎゃあああああーーーーー!!」
「うるさい」
着地したかと思うと、思いもよらない人物がそこにいた。
「巌勝ぅ!?なんで!?!?!?」
「お前の旦那に呼ばれた。」
「はい!?」
「言っただろう、実家がこのあたりにあると。この豪雨でまた駆り出されたんだ。」
「いやちょっと全然、わからなっゲホッ!!!」
久しぶりに大きな声を出したせいかむせた。
「お前の旦那に言われた。神社に行けとな。」
「…実弥が?」
「『俺じゃ止められない』…と。何事かと思い来てみればこれはいったいどういうことだ?」
巌勝は彼女を見て顔をしかめた。
「どうしてお前がもう1人いるんだ!」
何も知らない人が聞いたら意味がわからないと思うけど、本当にその通りだった。
目の前に立つ彼女は、フードで見えなかった顔を空の下に晒していた。その顔は私とそっくり…というか、私そのもの。
それにさっき飛び込んできた時の技……あれは。
霞の呼吸だ。
見間違えるはずがない。
彼女の手には木刀…。
刀に、呼吸って。
「また人が増えた。お前は誰だ?」
彼女は…いや、“私”は木刀を振り上げた。
「2人で山を降りろ。私は降りない。私の邪魔をするのなら、2人ともここで眠ってもらう。」
「…ッ下がれ!!!!」
巌勝が私の腕を引いて下がらせる。
瞬きの間に彼女が飛び込んできて、巌勝が木刀を掴んでいなした。
「なぜ攻撃をする!私もも手は出していない!」
「うるさい、うるさい。お前の気配は全身の血が煮えくり返る。気にいらない。」
今度は彼女が巌勝の下に潜り込む。巌勝は反応できていなかった。
「やめて!!!!!」
彼女の木刀を握る手に踵落としを食らわせる。衝撃を受けた手は握っていた木刀を落とした。
咄嗟にそれを拾い上げ、巌勝の目の前に両手を広げて立ち塞がる。
「傷つけるのはやめて!戦う理由はもうないはずよ!!」
「ならば山を降りろ。お前たちがここにいるから私には戦う理由があるんだ。」
彼女は素手でも私に向かってくる。私は彼女の拳を受け止めた。