第88章 明けない夜はない
彼女はじっと私を見下ろしていた。それだけなのに、とてつもない圧があった。
「お前が山を降りろ。」
「…嫌です、茶々丸のために私は…!!」
「茶々丸のためでも私のためでもないくせに、お前のための道具に私たちを使うな。」
「……そんなことは」
「大切なものを置いてまでお前が守ろうとするものはいったい何だ。」
______私は
私は
「……私は全部守りたい」
「お前を求めるものたちを置いてまですることか、それが。」
「守るから、だから」
実弥の声が頭に響く。『置いていくなよ』と言った時、どんな顔をしていただろうか。
「死にたい人間が目の前にいても死なせてやらないのか」
彼女の言葉が突き刺さる。
「死なせないよ__」
それでも、言葉を返す。
「だって、死にたいって言う時は生きたい時だって知ってるから」
死にたい時は、生にしがみつく時だ。
私は何回だってそれを乗り越えてきた。死ぬ間際に人は死にたくないと思うんだ。
「それがわかるのならなぜ邪魔をする。」
「…私は」
「なぜ死なせてくれない。」
「私は、守りたいから。そのために力も、何もかも全て授かったから。」
私は彼女に手を伸ばした。
「一緒に山を降りましょう。茶々丸に、会ってあげてください。」
「ふざけるな!!!」
しかし、私に答えることはなく。彼女は激昂して屋根から飛び出した。
「お前が、私を終わらせずに誰が私を終わらせるんだ!!!!!」
その手に握られたものを見て、彼女の体を纏うものを見て、私は目を見開いた。
「___そんな」
信じられない。受け入れられない。
でも、受け入れないといけない。
彼女が目深に被ったローブのフードが脱げたのと、私の元に到達するのはほぼ同時だったと思う。
しかし、その瞬間私はぐんっと引っ張られた。