第88章 明けない夜はない
生きたいと思ったし、生きていればやりたいことが見つけられると思った。
妄想だったんだ。
生きてさえいればいいって、みんなの言葉に甘えて。そんな都合のいいことあるはずないのに。
死んでも人は変わらないんだから。
私は、私。
私でしかないんだ。
神社にたどり着くと、そこはひどい有様だった。
神社は形を保ってはいるが、あたりは浸水して沼みたいになっていた。
…気配察知ができれば誰がどこにいるかわかるんだけどな。
誰かいませんか、と叫ぼうとした時。
「来たのか」
声が聞こえて、ハッとして顔を上げる。神社の屋根の上にあの黒いローブを着た女性がいた。…相変わらず今日も顔が見えないが。
「何のために来た。ここはもう安全ではないぞ。神社も直に崩れる。」
「あなたと山から降りるために来ました。安全でないのはわかっています。」
「……………茶々丸か?」
すると、彼女はため息まじりにその名を口にした。私は驚く。
茶々丸に似た猫だと思っていたけど……やっぱり、本当に茶々丸なのか?
薄々わかっていたとはいえ、いざ突きつけられると受け入れ難い。
「はい。雨の中私の家まで来たんです。」
「そうか。姿が見えないと思ったが。」
「茶々丸が待っています、ここを離れましょう。」
私が手を伸ばすと、彼女は首を横に振った。
「離れるのはお前だけだ。私はここにいる。」
「…どうして」
「この神社は私が造ったんだ。終わりは私が見届ける。」
彼女は凛とした声で言った。その声が、どこかで聞いたことあるような声で…。
「神社の中にあるものに価値はない。この神社が潰れようと意味はない。」
「だけど…」
「ないと言えばないんだ。私が気休めに適当に用意したものだから。理解したのならさっさと帰れ。」
有無を言わさぬ迫力を感じて、私は彼女を見上げたまま黙り込んでしまった。ただ、固定されたみたいに動かない足だけが帰ることを拒否していた。