第88章 明けない夜はない
まだ私は我が子のことを何も知らない。
あの子は私にすがらない。
無一郎くんのように手を伸ばしてくることもなければ、愛を伝えてくることもない。
それは当たり前だが、どうしたらいいのだろう。
痛い。
悩めば悩むほど痛みが増す。
全身を針で刺されたみたいだ。痛いのに、この痛みから解放されたいと思う。
なんで今更そんなこと思うのだろう。
(そういうのはやめたじゃん。)
この痛みは、傷は、一生直らないと。死ぬまで一生、傷は消えないと。
わかっていたはずだ。
(全部受け入れたはずなのに。)
私が抱えていた罪は嘘だった。
私が自らに貸した罰は嘘だった。
私は誰も殺していなかった。
今更傷が痛み出す。
わかりきっていたことなのに、痛い。
(解放される日なんてこない。)
私はずっと暗闇の中。狭い部屋の中。時には自由に歩いて、空の下で、愛してるなんて戯れ言を吐き出す。
もう全部痛い。体も、心も。痛くない場所なんてない。
それでも実弥の体温が、声が、その存在が、すべてを持って私に訴えてくる。
私は何もかも痛いのに、痛くてもいいと、そう言ってくる。なんなら、その痛みは俺のものだと言うみたいに、幸せでかき消してくる。
それに甘えてしまうのが嫌だ。
私がいなかったら実弥は痛くない。それが幸せなんだ。
どうしてわかってくれない。
どうして痛い道を選ぶの。
どうして私の内側に触ってくるの。
隠して隠して最後には消える。
秘密がわかる頃には墓の中。
どうして、私をこの部屋に閉じ込めた実弥が泣きそうな顔をするの。
わかってるんでしょう、私がもうボロボロに壊れて、元に戻らないこと。
幸せなんて、私にはないこと。
私が実弥と一緒にいても笑わないこと。
我が子に触れないこと。
壊れてるんだよ。何もかも戻っては来ないんだよ。
学校からの帰り道、笑って歩いたとか。
高校が別になって、たまに会うのがたまらなくうれしいとか。
大学でなかなか会えなくて、じれったかったこととか。
同棲を始めて、家に入るときわくわくしたこととか。
喧嘩して、世界が終わるのかってくらい罵り合ったこととか。
もう戻ってこないよ。
戻らないよ。
私は、何もしてあげられない。