第88章 明けない夜はない
「にゃー」
声が聞こえた。
パッと振り返ると、畳の上でおはぎが寝ていた。おはぎじゃない。雨の音でかき消されそうなほど弱いが。
「にゃぁ」
庭に、あの猫が来ていた。私が送り返してから一度もこの家に来ていなかったが、今は目の前にいた。
雨のせいで昼でも真っ暗だからか、堂々と空の下を歩いていた。
今にも倒れそうな足取りでよろよろと歩き、私のいるところまで必死に動こうとしていた。
「茶々丸」
思わず体が動いていた。抱きしめて、雨が降る空の下から家の中へ抱き上げた。
「…にゃ」
「………やだ、やだよ茶々丸」
弱々しい鳴き声が今にも消えそうだった。
「しっかりして」
ぎゅっと抱きしめると、茶々丸はまた鳴いた。
「……あれ?あの人は?」
茶々丸を引き取りに来て、おはぎを返してくれた人。飼い主ではないのか。
あの人がいない。どこにもいない。茶々丸はいるのに。
「にー、にー」
茶々丸は私の服を噛み、引っ張った。
……………もしかして。
「実弥!」
____山を降りるなと言っただろう。
そうだ。確かにそう言っていた。確か神社のある山で見失ったんだ。
「どうし…って、なんだその猫…」
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「は!?」
私は茶々丸を実弥に渡し、カッパをつかんで玄関の長靴に足を突っ込んだ。
「待て!行くってどこに行くつもりだ!!」
「神社。」
「何でだよ!?」
「その猫の飼い主がそこにいる。猫だけここにいるのはおかしいから、様子を見てくる。」
「…この雨の中か……!?」
実弥が言いたいことはわかる。
でも。
茶々丸が私のところに来た。そして助けを求めてきた。
『助けて』
って、言われてるんだ。
「すぐに戻るよ」
「…ダメだ、行くな」
玄関の戸を開けようとすると、実弥に強く腕をつかまれた。驚いて振り返ると怖い顔をした彼と目が合った。
「………ッ来い!!」
私が動揺している間に、実弥は思い切り私を家の中に引っ張った。乱暴な行動に驚きつつも慌てて長靴を脱ぎ、室内へ戻った。