第88章 明けない夜はない
それから何度も朝が来た。
私は死人のように起きる。
朝日が嫌い。眩しいし、熱くて深い。
実弥と約束をした時から、私は赤ちゃんに関わることがなくなった。
『触ると殴っちゃう、ひどいこと言っちゃう』
見かねた実弥に怒られた時、私はそう答えた。それ以上実弥は私に赤ちゃんと関わるように言われなくなった。
そうなると必然と実弥と関わることはなくなる。
私は1人でこの田舎を放浪することが増えた。
海に行ったり、山に行ったり、森の中を歩いたり。フラフラしては日が暮れてから家に帰った。
実弥は帰ってくる私がどんなにドロドロで汚くても抱きしめてくれた。
何がしたいのかわからない。行きたいところもない。それでも歩いてしまう。
私には自由に歩ける足がある。だから動かしてしまうのかもしれない。
歩いているうちに枝や草で切れて血が出た。私の傷だらけの足を見て、実弥が行った。
「もう外に行くな。」
その声は震えていたと思う。
だから私は家の中にいる。朝、死人のように起きて、死人のようにご飯を食べて、死人のように赤ちゃんの泣き声を聞いて、父親として愛おしそうに我が子を抱く実弥を見る。
そして、鎮魂の儀式で使うという衣装を作るようになった。
実弥が前田くんの作った衣装は着るなと言っていたので自分で一から作ることになった。
なるべく1番最後に来ていた隊服のデザインに寄せた。
「………やりたいこと、か」
隊服の、『滅』の文字をなぞる。
自分のためにやりたいこと。
それはいまだに見つからないな。
行動範囲が家の中と庭だけになってすぐに、大雨がこの地域を襲った。春風さんと桜くんが雨対策をバッチリしてくれたこともあってこの家はびくともしない。
それにみんなが買い物を手伝ってくれたからしばらく籠っていても問題はない。
「!そこの雨戸閉めてくれ!」
声をかけられ、私は動いた。こんな私でも必要最低限のことはできるし、実弥は頼ってくる。
……戸を閉めるだけで重労働に思えるほど体が重かった。