第88章 明けない夜はない
今日も、猫の鳴き声が聞こえた。
にゃあにゃあと鳴く声は間違いなく昨日の茶々丸にそっくりな猫と同じだ。
家事と育児で疲れ切った実弥はそんなことでは起きず、ぐっすり寝ている。赤ちゃんも時々動きつつも寝ている。
私はただ1人で猫の鳴き声を聞き続けることとなった。
「……」
我慢できなくて上半身を起こす。あの猫が茶々丸な訳がない。それに、昨日飼い主と思われる人にも会った。
どうしてこの家に来るのか。
この家に何かあるのか。
得体の知れない不気味さだけが残る。
猫は鳴き続けていた。
私はついに起き上がって、庭に出た。
そこには昨日と同じ猫がいた。
「にゃー、にゃー」
「…」
「にゃぁ」
私を見ると、テクテクと庭から出ていく。時々後ろを振り返る姿は『ついてこい』と言っているように見える。
「…行けないよ」
私はそう口にした。
「行けないよ、茶々丸。」
この子は茶々丸じゃない。
でも。
夜しか現れないところとか、体の模様とか、つぶらな瞳とか。
全て記憶の中のもので。
____ああ、そうだ。
______茶々丸はいつも私のところに来て、連れて行こうとした。
「行かないよ」
行けないんじゃなくて、行かない。
「…私はここにいる。」
茶々丸は私に歩み寄ってきた。
もう一度鳴いた。寂しそうな声に聞こえたのは、気のせいだろう。
「君もお眠り。」
そっと顔を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
そして、満足したのかサッと走ってどこかに行ってしまった。
私はその姿を見送った。