第88章 明けない夜はない
ずっと霞が目の前にあった。
思い出せない記憶、戻らない感覚、そのくせ気配だけは感じられる。
霞は晴れた。
その道を、ひた走った。
自分にできる精一杯のことをした。
でも、その先には何もなかった。
目を開けると、太陽の光が降り注いでいた。昨晩はろくに寝ていないので朝ごはんの後にすぐ寝たのだが。
…何の夢を見ていたのだろう。
思い出せないけど、何か夢を見ていた気がする。
起き上がると、体にブランケットがかけられていて頭の下にはクッションが置いてあるのが見えた。実弥だな、と他人事のように思う。
頭が痛い。昨晩無理に動いたせいだろうか。
痛む頭を抱え、俯く。ポタリと膝下に何かが落ちる。ああ、涙だ。
「起きたか?」
実弥の声が聞こえてビクッと体が震える。…こんな近くにいるのに気配さえ感じない。
今更消えた力を追い求めるつもりはない。恐らくあの力は役目が終わったのだろう。
「…泣いてんのか?」
それなら、私という人間の役目も終わったのではないか。
こんな状態で、何ができるというのか。
「不思議。」
私は流れる涙を手のひらで受け止める。
「何も感じないのに涙が出る。…不思議ね。」
ポロポロと目からこぼれるソレが何を表すのかわからない。
けれど、止まらないのだから何か意味があるのだろう。
「ん」
実弥はかがんで、私の涙を拭った。
「……飯、できてるぞ。」
きっと彼も流れる涙の意味をわからないのだろう。
いい匂いに釣られて立ち上がった。
おはぎはご機嫌に庭で遊んでいた。そろそろ家の中に戻してやらないと、と思って庭に降りた。