第87章 嘘はつかないから
しまった、と思った。
でも口から出た言葉が引っ込むわけはなく。
部屋にはグズる赤ちゃんの声が響いていた。
…今なら母親の気持ちもわかる。案外あっさり、簡単に口から出てきた。そうかそうか、こんな気持ちだったのか。
吐き出せばスッキリするものだな。
罪悪感はある。けど、私。
私最低だ。
「…それ本気で言ってんのか」
実弥の声が低い。
…怒ってるのだろうか。ああ、そんな単純なことも今の私にはわからない。
「……………わかんない」
小さな小さな声でそう答えた。
スッキリするけど、罪悪感はある。いったいどっちなのか私にはわからない。
……私はただ俯くことしかできなかった。
実弥はそのまま無言でどこかへ行った。多分赤ちゃんのミルク作りに行ったんだろう。本当は私があげなきゃいけないのに。
「にゃあ」
誰もいなくなったのを見計らったように、また声が聞こえた。
「……庭…?」
私はなるべく音を立てずに庭に出た。
そこには一匹の三毛猫がいた。
「茶々丸…なの?」
私が名前を呼ぶと、その猫は私の足元に擦り寄ってきた。…気配を辿れないから本物かはわからないけど、そっくりだ。
茶々丸は愈史郎さん、珠世さんと一緒にいた猫。もちろん、私も鬼になってからは行動を共にした。…最後は珠世さんが愈史郎さんのために鬼にした三毛猫だ。
「………そんなわけ、ない」
「にゃあ?」
「…でもどうしてそんなに茶々丸にそっくりなの?」
猫に聞いたところで答えはない。私は茶々丸を抱き上げた。
「不思議だね」
「に?」
「…お前のことは愛おしいって、思えるんだけどな。」
どうして。
どうして我が子だけそう思えないんだろう。
「………茶々丸」
「にゃあ」
「お前、私を呼びにきたんだよね」
すると、嘘みたいに茶々丸は頷いた。
「……って、そんなわけないか…」
私は茶々丸……に、そっくりな猫を降ろした。
この子が茶々丸だなんて有り得ない。
そんなことあるはずもない。
だって、あれは前世の話だから…。