第87章 嘘はつかないから
実弥が目を丸くする。最初は自分が怒鳴られているのかと思ったようだが、私の視線が泣いている赤ちゃんに向いているのに気づいたらしい。
呆気に取られたまま私から庇うように赤ちゃんを抱きしめた。
「うわあああーーーーーん」
「泣かないでよ!!うるさいんだよ!!」
「!!」
実弥が怒鳴る。
さらに赤ちゃんは火がついたように泣き続けた。
「どうしたんだよ!?何でそんなこと言うんだ!?」
「……………」
実弥のその言葉で頭が水を被ったみたいに冷えた。
私はヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「……………」
「…?」
「…だ、って」
私は両手で顔を覆った。
もう猫のことも全部どうでも良くなっていた。
(わかんないよ、泣いてたら、なんて言ったらいいの、わたし、わかんない。)
ただ、赤ちゃんに向かって怒鳴った後悔だけが残った。
赤ちゃんだから泣くのなんて当然なのに。
「イライラするんだもん。」
わかってるけど、おかしいのわかってるけど。
今もうカッとなって口にした。我慢できなくて。
「…イライラって……」
「………」
陽明くんの言葉の真意が、今ならわかるのかもしれない。
『生んでしまってごめんね』って言った彼の気持ちが。
………やっぱり
私はこんなことしか言ってあげられない。
「……」
__じゃあ、殺しちゃえばよかったの?
私はぼんやりとそんなことを思った。
生んじゃダメなら、殺せばいい。それなら産まれてこなかった。誰も。
「……………」
望まれずして生まれた私たちが、今もこうして生きているのはおかしいことなのだろうか。
「…産むんじゃなかった」
気づけば私の口からそんな言葉が出ていた。