第9章 修行
多少離れているとは言え、直ぐ近くで無意識にイチャ付く二人が居るのにも拘わらず、千寿郎は無心で型の練習に励んで居た。
兄が見せてくれた幻想的で美しい技の一つ一つを頭に思い描きながら、唯々刀を振るい続ける。
「千寿郎」
真後ろから聞こえた自分の名を呼ぶ父の声に、ハッとして振り返った。
「父上」
「その刀、もしやお前の日輪刀か?」
「はい」
千寿郎は息を弾ませながら流れる汗を腕で拭い、抜き身の刀を父に見せる。
黒い刀身を無言で見つめた父は、千寿郎の頭をくしゃりと撫でた。
「良くやった」
父の言葉に千寿郎は胸が熱くなるのを感じた。
漸く自分は本当の意味で父に認められたのだと、これからは一人の剣士として生きていくのだと、改めて心に誓う。
もう、兄に全てを背負わせたりはしない。
剣の腕をもっと磨いて兄を支え、煉獄の名に恥じぬ生き方をするのだ。
「父上、僕は剣士になります」
「そうか」
「黒刀の剣士には日の呼吸の適性があり、それを極める為には痣者とならねばなりません」
「・・・ああ」
「もしそうなれば、僕は二十五の歳を迎える前に死ぬでしょう」
「お前は、それを望むのか」
兄が語った話では、兄は二十歳という若さでこの世を去る。
だからもし自分がそうなったとしても、悔いはない。
人は誰しも、いつかは死ぬのだ。
ならば残りの人生を精一杯生き抜けば良い。
「はい。それでこの世から鬼を屠れると言うならば」
「!」
家族を死なせたくないという父の願いは、純粋に唯嬉しかった。
けれども鬼が存在する限り、千寿郎にそれは叶えられそうにない。
「父上、僕の進む道を認めて下さいませんか」
「・・・・・・ああ、認めよう」
父は苦しそうな表情を浮かべて掠れた声でポツリと呟くと、此方に腕を伸ばす。
千寿郎は身を委ねて目をつぶり、自分を抱き締める父の腕の震えに気付かない振りをした。