第9章 修行
「ええと・・・ゴミが!目にゴミが入ったんです!」
適当に思い付いた台詞を口にしつつ一歩後ろに下がり、頬に触れて目元を親指でなぞってくる杏寿郎さんの手から逃れる。
相変わらずこの人は恐ろしくパーソナルスペースが狭い。
他の人と・・・例えば私以外の女性ともこの距離で接しているのかと思うと、若干モヤッとしてしまう。
「・・・そうか、では俺がゴミを取り除いてやろう!」
「い、いえ!お構いなく!」
「なに、遠慮する事は無い!」
「遠慮します!」
どうしてこうなった!?
手首を掴まれている為に、にじり寄って来る杏寿郎さんから離れられない。
じりじりと後退していくと、縁側の縁に膝カックンされてバランスを崩した。
「あ」
着慣れない着物の所為か上手く立て直せず、そのまま真後ろへと転び掛ける。
思わずギュッと目を閉じると、右手を強く引かれた。
勢い余った私の身体は顔面から、ボスッと音を立てて杏寿郎さんの胸に飛び込んだ。
「ふぎゅっ・・・」
目を開ければ、視界一杯に広がる白いYシャツ。
鍛えられた胸筋は凶器だと思う。
ぶつけた鼻が地味に痛い。
「大丈夫か?」
「鼻痛い・・・」
「む、少し赤くなっているな。力加減を誤った様だ、すまない」
杏寿郎さんは私の顔を覗き込むと、赤くなっているらしい鼻の頭を指先でそっと撫でた。
と思ったら、突然大きな両手でガシッと顔を掴まれる。
「え」
爛々と輝く焔色の隻眼に見下ろされ、私はピシッと硬直した。
「さて、ゴミはどこだろうか」
グイッと顔を引き寄せられて、互いの鼻先がくっつきそうな程近付いた。
「あ、あの、ち、近・・・」
「うーむ、良く見えんなぁ」
何故か杏寿郎さんは、とても愉しそうな表情をしている。
というか、この距離は流石に近過ぎだ。
そもそも目にゴミが入ったというのは方便なので、探したところで見つかりやしない。