第9章 修行
確かに・・・表情を見る限りだと、怒っている訳ではなさそうだけど。
でも、何かいつもと違う。
「杏寿郎さん・・・?」
「何だろうか!」
「え、あの・・・どうかしたんですか?」
「別にどうもしていないぞ!」
「でも・・・」
・・・あ、そうか、分かった。
視線が全く合わないんだ。
杏寿郎さんは会話をする時、いつも視線を合わせてくれる。
まあ、最初はあの色合いの所為で合っているか分からない時もあったけど。
それが今は何故か、不自然に逸らされていた。
少し前の、私の体を心配してくれていた時は、確かにいつも通りだったのに。
手を伸ばせば届く距離が、とても遠く感じて寂しくなる。
「・・・」
初めて顔を会わせたその時からずっと、この焔色の瞳は真っ直ぐに私という人間を見てくれていた。
自分の名前以外何も思い出せないという不安も、この美しい瞳に映る自分を見ていると、苗字名前という人間が確かに此処に存在しているんだと思えて、とても安心出来た。
「む、そんなに見られては穴が空きそうだ!」
「!」
ああ、やっと此方を見てくれた。
ホッとしたら、少しだけ鼻がツンとした。
じわりと視界が滲んで慌てて目を擦ると、杏寿郎さんに手首を掴まれる。
情けない顔を見られない様に俯けば、彼のもう一方の手が頬に伸びてきた。
「よもや、どうしたのだ」
「ごめんなさい・・・何でもありません」
立場を変えて、先程と同じ様な問答を繰り返す。
だって言える訳がない。
自分を見てくれない事に不安になって、漸く自分を見てくれたら安心して涙が出ただなんて。
どれだけ私は目の前の人の言動に、一喜一憂しているのか。
「君は何でもないのに泣くのか?」
全部貴方の所為だと言えば、この人は何と答えるのだろう。
顔を上げる様に促され、私は杏寿郎さんに視線を向けた。