第9章 修行
「すみません、お待たせしました」
パタパタと千寿郎君が室内に駆け込んで来た。
手に何か持っている。
「千寿郎、こちらへ」
「はい兄上、未だ全て調べ終わってはいませんが、これを・・・」
「うむ!ありがとう、千寿郎」
杏寿郎さんは紙の束を受け取ると、ワシワシと千寿郎君の頭を豪快に撫でた。
千寿郎君は嬉しそうに声を立てて笑っていたが、私と目が合った途端にボッと赤面し、その大きな手からそそくさと逃れる。
え、何この可愛い生き物。欲しい。
「ゴホン。杏寿郎、話を進めなさい」
「父上・・・それでは」
そして杏寿郎さんは、彼にしては珍しい程に凪いだ声で言葉を紡ぐ。
気の遠くなる程の長きに渡った、鬼と人の戦いを。
沢山の人達が繋いで行った、命の物語を。
「・・・以上が、この世界の行く末を記す物語です」
杏寿郎さんが語り終えると、部屋の中がしんと静まり返った。
どんな反応が返ってくるのかと身構えていたら、すっくと槇寿郎さんが立ち上がる。
「父上・・・」
「すまん、少しだけ時間が欲しい」
槇寿郎さんはそのまま部屋を出て行ってしまった。
千寿郎君がその後ろ姿を心配そうに見つめ、私はオロオロしながら杏寿郎さんの顔を見る。
「父上ならば大丈夫だろう。俺は父上を信じている」
「・・・そうですね」
槇寿郎さんが杏寿郎さんの遺した言葉で再び立ち上がるのを、私はこの目で見ている。
私も信じよう、槇寿郎さんの事を。
「あ、あの、兄上・・・」
千寿郎君が恐る恐る杏寿郎さんに声を掛けた。
その表情が余りにも思い詰めた様子で、一瞬、この子には聞かせない方が良かったのでは、と思ってしまう。
だけど杏寿郎さんは違ったらしく、千寿郎君に向けてニコリと笑った。