第8章 煉獄家
「父があの様になった原因を知ってからも、情けない事に俺は、父に何と声を掛ければ良いのか分からなかったんだ」
父を大切に想う気持ちは今も昔も変わらない。
けれど、死んでしまったからこそ、自分の声は父に届いたのではないか。
そう思ったら言葉が出なくなった。
今ならば分かる、あの日竈門少年の話をした時の、突然激昂した父の気持ちが。
片手で自分の胸元を押さえた杏寿郎はスッと瞳を閉じ、小さく息を吐いた。
「二の足を踏んでいた所へ、君が父に心の丈をぶつけてくれた。本来ならば、俺が父に直接伝えねばならない事だった。我ながら不甲斐ない」
名前は苦笑いする杏寿郎の顔を見つめ、やはり自分は礼を言われる様な存在ではないと思った。
この人がいずれ自分で乗り越えたであろう道に、考え無しの自分は土足で踏み込んでしまったのだ。
申し訳なさで胸が一杯になる。
「違う・・・そんな事無い!」
衝動的に杏寿郎の服の胸元を掴んで自分に引き寄せると、焔色の隻眼が驚きに見開かれた。
「きっと・・・煉獄さんの想いはきっと、槇寿郎さんに届いていました!あの人はただ、不器用なだけなんだと思います。貴方達を想っているからこそ、私の拙い言葉でも届いたんです。
・・・ごめんなさい煉獄さん。私、本当に余計な事をしました」
杏寿郎から手を離した名前は、深々と頭を下げた。
「名前。過程がどうであれ、父は心を開いてくれた。だから君が俺や俺の家族の為に心を砕いてくれた事は、余計な事では無い。そうだろう?」
優しく頭を撫でてくる杏寿郎に、顔を上げる様に促される。
名前はそろりと目の前の人の表情を窺うと、目を細めて微笑む杏寿郎が自分を見下ろしていて、じわりと涙を滲ませた。
「ありがとう名前」
「っ・・・はい!」